第5話 大剣─クレイモア
文字数 2,304文字
「ガキ──おかしなことをやるな!」
初面識の男に言われ、くそう! ちんこいだの、ガキだの、バカにしやがって、とアイリ・ライハラは前に垂れ下がった髪の間から睨みつけ久しぶりに踏み込むことにして呟いた。
「トゥ・ステップ──」
大剣はトゥハンデッドソードと呼ばれる両手使いの長剣の一種でパイクなどの長い槍を叩き折り、重さで楯や鎧ごと粉砕し相手の動きを封じるのに使われる。
近衛兵長の手にする大剣は刃渡り7フィート──2メートル余りありその重さと長さにまかせた使い方をしてくるとアイリは思った。
床から僅かに持ち上げた切っ先を急激に後ろへ振り上げ頭上へ立ち上げながら近衛兵長とやらが容赦なく踏み込んでくる様に少女は本物の剣の使い方を見せてやると胸が高鳴った。
居館の屋根裏に渡される梁に届きそうなほどに男の両手で重量級の長剣が振り上げられ、その高さから急激に振り下ろされてくるのが男の双眼を睨みつけるアイリの視線の上に入り込んできた。
ガキが何か呟いた瞬間、細身の長剣だけでなく右腕が肩から消え失せた。
コイツ何を始めやがった!?
顔を強ばらせたライモ近衛兵長は、顎を引いたまま上目遣いの視線を外さないガキの左靴ギリギリ横に大剣を打ち込もうと渾身の力を込め両腕を振り下ろした。
その意地をまさか年端もゆかない子どもが正面から受けるとは思いもしなかった。
ぶんっ、と唸り大太刀が降下した瞬間、その切っ先から諸刃の上下に火花が飛び散りだした。
ハンドルに響く細かな振動に少女が何度剣をぶつけているのだとライモは眼を大きく見開いた。
しかも相手の際に落とそうとする太刀筋をねじ曲げられて左肩に迫った。
まずい! 左腕を落としてしまう!
彼が気づき力を込めその先から逸らそうとした須臾理解できないことが起きた。
激しくぶつかる大きな金属音が響き、飛び散る火花がいきなり途切れ、大剣の重さの多くが両手から消え失せ眼にした驚異!
少女の剣が大剣の刃渡りの中間から握り手の先クロスガードに向け捻れ巻きついていた。
ありえない!? どうなってやがるとライモ近衛兵長が凝視し、場にいるもの達の息が止まるのを感じた次の寸秒、大剣ごと彼は身体を前に引っ張られた。
とれる方法は2つ──剣を手放すか、相手のリーチに踏み込むか!
近衛兵長の意地でも剣を手放す屈辱は受け入れ難かった。
ライモは自ら少女の目前に踏み出し相手の首をつかもうと理解できないほど軽すぎる大剣のハンドルから左手を伸ばした。
見えているその少女が口の両側を持ち上げ満面の笑みを浮かべライモ近衛兵長は唖然となった。
その瞬間、手首を跳ね上げられて、少女が裸足の右足をまっすぐに振り上げ止まっているのが見え手首を蹴り上げやがったと理解したと同時に彼は己の胸に火花が走るのを眼にした。
直後、右手からもぎ取られた大剣が2人の横に落ち大きく跳ね、取り囲み見ていた兵達が罵声を放ち逃げた。
「てめぇ汚ねぇぞ!! そこから動かない────と!?」
ライモが怒鳴った直後、少女が上げ止めていた右足をゆっくりと靴に下ろし踏みつけた。
「動いてない──ここからは」
言いながらアイリが空で握る細身の長剣のハンドルから一瞬手を放し手首を返し握り直した。そうして切っ先を後ろに向け腕を下ろした。
「言ったじゃないライモ! 貴方の手にあまると!」
イルミ王女が言いながら歩き寄ってくる気配を背中に感じアイリは怖気に瞳を横へ振った。その直後、少女は後ろから抱きしめられ身動きがとれずに引き倒されそうになりジタバタと両腕を振り回した。
「この娘を今日から近衛兵副長にします! いいですねライモ近衛兵長!」
「やめろ──イルミ王女! やめて──」
バタバタとバランスをとろうとする少女の頬に顔を寄せてイルミ・ランタサルが呟いた。
「──『ください』は?」
「ください、王女様」
いきなりイルミ王女はアイリの首に腕を回しなかば引きずるように居館の出入り口へ歩きだした。
「やめて──王女──裸足──はだし!」
「くださいは?」
「やめてください──靴を──わたしの──」
「靴なんていくらでもあげます─か─ら! 来なさいアイリ!」
床に残された小さな靴を皆が見つめ唖然としたまま王女はアイリを連れ外に出て行った。
近衛兵居館から王女が見知らぬ少女を引き連れ出てくるのを広場奥の大きな居館のアーチの柱陰から2人の家臣が隠れるように見ていた。
「なんですか、あれは?」
「なんでもいい。あれの王位継承権を奪う理由になるなら──」
王女を追いかけ近衛兵居館から侍女達が何人も出て来ると2人の男らは別れ姿を消した。
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