第17話 いずれ
文字数 2,585文字
微笑んでいた少女が真顔になり切りだしたのは、イルミ王女暗殺の依頼者を吐けというごり押しでなく女暗殺者に意外な持ちかけだった。
「あんた、私の家来になりな」
家来だと!? この少女はとことんいかれてる。イルミ王女の寝室警固を任される重責の兵なら、その王女の命を奪いにきたものを契るなど、誰からも認められるはずがないだろうと女暗殺者は驚いた。
「イルミの暗殺に失敗したなら、どこへかは知らないけれど帰ることもできないだろう。それなら私の元で暮らすことで、暗殺を依頼したものも機会をうかがっていると思うだろうし、誰からも文句を言わせない」
女暗殺者は瞳を丸くし目尻を下げた。
この少女兵士は本気で気遣っていた。
「お、お前──せ、正当化して──わ、私を言いくるめようと──し、してるだろ?」
しどろもどろになり女暗殺者はアイリ・ライハラに尋ねた。すると少女は横を向き鉄格子の外から見てる騎士に問いかけた。
「なあ? ラハナトス騎士団長?」
騎士団長だぁ!? 女暗殺者はさらに驚き肩を落とし少女から数歩離れた。
「よかろうライハラ。お主が責任を持つとあらば我の名において認めよう」
お前らどうなっている!? 女暗殺者は外の騎士団長へ振り向いて顎を落とすと眼を游がせた。
「そういうことで、よろしく、な! あんた名前ぐら──い──」
言いながら、アイリが白眼を剥くとその場に崩れ落ちた。女暗殺者は蒼白になり駆け寄り少女を抱き起こした。
「おい! 騎士団長! 医術者を、聖職者を呼んでくれ!」
叫んだ女暗殺者の前で牢の鉄格子が開かれた。
霞がかった意識が徐々にハッキリとして人の気配に薄目を開くと見覚えのある天幕が広がっていた。
思考がはっきりとしアイリ・ライハラは目覚めると右手を握りしめられていることに気がついた。顔を向けるとイルミ王女が微笑んでいきなり顔面に大きなパイをぶつけられた。
顔にこびりついたクリームや生地の破片を拭いながら飛び起きたアイリは王女の斜め後ろに座る女暗殺者に気がついた。暗殺者はニヤツこうとしてるのを堪えているのか複雑な表情をしていた。
「治したばかりの傷より大きなものを自分の腹に開けるような大馬鹿はパイの夢を見てなさい!」
叱責する王女の言葉に咎がないことを少女は気づいていた。
「アイリ・ライハラ──私の名は──イラ・ヤルヴァだ。本当に私をそばにおくつもりか?」
女暗殺者に尋ねられ、アイリはベッドに胡座をかくと頷いた。
「うん。そうだよイラ。私と共にイルミを守る──」
いきなりイルミ王女がベッドの陰から新しいパイを両手で持ち上げると少女はギョッとなった。
「アイリ・ライハラ、あなたは私と盟約を契り交わしてもいずに!」
「やめろ、イルミ──2個もいらねぇ! あぁ、やめぇ!」
両腕で顔をかばったにも関わらず、王女が身体を捻り弾かれたように片手でパイを少女の腕の上から顔面にぶつけた。
そのぶつけられ砕けたパイ生地をつまみ口に放り込み、アイリは天井を見上げ呟いた。
「わたしが焼いたアップル・パイの方が美味い」
「アイリ、お前に救われた命だ。お前のためにあんなことやそんなことに好きに使ってくれて構わない。なんなら──もっと凄いことでも──」
熱く懇願し始めたイラ・ヤルヴァに少女は点にした眼を振り向け口をあんぐりと開いた。
「それよりもアイリ・ライハラ、お前はどうやって細身の剣であんなに深く壁を抉ったのだ!? 牢を出るときに振り向いたが、壁には跡がなかった! 教えてくれ」
イラの問いを聞いていたイルミ王女が細めた双眼とアイリは眼が合ってしまい、ぷぃ、と背けた。
「わたくしもそなたに聞きたいです! ライモ近衛兵長の剣にどうやってそなたは剣を巻きつけ引っ張ったのですか!?」
「剣を巻きつけた!?」
イラは王女の言ったことに驚いて、ベッドに身を乗りだした王女に並びアイリに詰め寄った。2人に睨まれ少女は反対側へ逃げようとして、しどろもどろに答えた。
「それは──だな──私の剣が細身で反ってるんで、巻きついたように──」
いきなり王女はアイリの右手首をつかみ、横にいるイラ・ヤルヴァに命じた。
「イラ! 暖炉から火掻き棒を!」
女暗殺者はすっくと立ち上がり火の消えている暖炉までゆくと煤焦げた火掻き棒を片手にベッドへ戻ってくると、その掴み手を王女にさしだした。イルミは怯えた少女から手を放すとその手をベッドの傍らに下ろし反ったスキャバード──鞘に収まったアイリの剣を持ち上げ少女の横へ放りだした。
「さぁ! 巻きつけてごらんなさい!」
そう言って王女は火掻き棒の鉤爪をアイリの顔先に振り上げた。
仕方なくアイリは鞘を掴み上げ向けられた火掻き棒にがちゃがちゃとそれを絡めようとあれこれ腕を動かしたが一向に巻き付かないので王女がため息をつき棒をベッドの外へ放りだした。
「アイリ・ライハラ、あなたが素早いのは認めます。ですがあなたが魔導のような剣術を使うのなら、あなたが魔女でないところを他のものに証明しなければなりません。でなければ──」
アイリ・ライハラは王女に向ける瞳を強ばらせた。
「あなたはいずれ聖職者に魔女の嫌疑をかけられてしまいます」
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