第7話 なりませぬ
文字数 3,496文字
丘ひとつ越え見えたのは2頭立ての荷馬車ら一行 。
テレーゼ・マカイは手綱 を引き馬を止めると背後左右に引き連れてきた20騎の騎兵らも馬を止めた。彼女は無言で人さし指から薬指までを伸ばした左腕で丘の麓 を先ゆくものらの左右へ振った。
すぐに引き連れた中の6騎の兵が二手に別れ丘を駆け下り荷馬車らの左右へ迫った。
テレーゼは先行させた騎兵らへの反応如何 で荷馬車らへ残りの兵を襲わせるつもりだった。
駆け下った騎兵らが左右からキャラバンの先頭を行く荷馬車に追いつき何か怒鳴るのが丘の頂 まで微 かに聞こえた。
先頭の荷馬車操馬台 から下りたのが随分 と小柄 に見えテレーゼは子どもなのかと期待が一気に萎 んだ。
2番目の操馬台 から下りたは細身の女で、3番目と最後尾の荷馬車から下りたのは若い男だと見え、テレーゼは若夫婦に従者と1人娘が旅をしてるにしても、先頭の荷馬車を子どもに任せるだろうかと怪訝 に感じた。
ただの商人の旅人にしては荷が多すぎ、引っ越してきた余所者 が道を見失ったにしては首都へ真っ直ぐに向かっていたようで怪 しかった。
騎乗の兵らを相手に身振り手振りで説明を始めたのは若い亭主でなく妻の方だった。その何がいけなかったのか、片側の兵3人が剣 のハンドルに手をかけた。
その女が背後から短刀のようなものを引き抜き一瞬で場が緊迫しとうとう片側の騎兵ら3人も刃 を引き抜いた。
一瞬、その女が揺れ動き兵ら3人を短刀で倒した様に見えた。
遠目で見なければ気づかなかったとテレーゼは思った。
先頭の荷馬車の横にいたはずの小柄なものが若い女の傍 らで細身の湾曲した輝く長いなにかを手にしていた。
「若夫婦は相手するな! 小さい奴を全員で斬 り棄てろ! 掛かれ!」
テレーゼ・マカイが叫ぶと、14騎の兵らの馬が一斉に駆けだした。
その直後、荷馬車先頭の2頭立ての馬を回り込んで来た3人の騎兵らが一瞬にして馬から転げ落ちた。
またしても斬 る動きが見えなかった!
マカイのシーデの片われは馬の脇腹を蹴り猛然と丘を駆け下った。
20騎余りの騎兵らが気づかずに通り過ぎた。
蹄鉄 の地鳴りが遠ざかり身動きしようとして騎士団長リクハルド・ラハナトスからイルミ・ランタサルは頭を押さえつけられた。
「王女様、動いてはなりませぬ──」
ひそめた声で女騎士ヘルカ・ホスティラに警告されイルミ・ランタサルは小声で言い返した。
「こんなとこにいたら丘の下が見えないじゃないですか────」
野原の上り勾配に浅穴を掘り雑草を被った彼ら7人は雑草を僅 かに持ち上げ頂 きにたむろする騎兵らの後ろ姿を窺 っておりヘルカ・ホスティラがリクハルドに声をかけた。
「団長、あの紫紺のマントの指揮官──デアチ軍のマカイのシーデの1人ではないでしょうか?」
「うむ──確かにマントに入れられた大鎌 の死神は死を齎 し叫ぶものと噂に聞くシーデのようだが、果たしてこんな警備隊のような事をマカイのシーデがするのか!?」
マカイのシーデ! イルミ・ランタサルの胸が高鳴った。双子の姉妹2人で千騎の兵らを立ち行かぬ様にしてしまう死神。
イルミ王女は我慢ならぬとばかりにリクハルドの腕を振りほどき腕を立てようとしてヘルカに二の腕をつかまれ引き倒された。
もたもたしてるとアイリがさっさと終わらせてしまうと気が急いてイルミ王女はわかっていながらに馬鹿な事を口にした。
「見つからないように頂 まで行くだけです」
王女は駄々をこねるように両側の騎士へ告げた。
「その頂 に行くだけで連中の目にとまります。何のためにアイリ達が囮 になったかよくお考え下さい!」
小声だがヘルカがきつくたしなめた。
騎兵らのうち5、6騎が丘を駆け下り姿を消した。時間的に丘を下りきったアイリ達が騎兵らに見つかってしまった頃合いだった。
「私 はアイリ・ライハラ とイラ・ヤルヴァ、それにクスターとヨーナスの身が心配なのです」
「クスターとヨーナスはあれでもノーブル国騎士団の一員。王女様のためあらば命を惜 しみません。あとの2人はわかりませぬが」
押し殺した声で騎士団長が中途半端な説明でイルミ王女へ言い聞かせようとしてると、王女を挟 み反対側のヘルカが眉根をしかめた。
「王女様、刃 交える音がしないではありませぬか。杞憂 で────」
ヘルカ・ホスティラが説得している途中で、これだけ離れているのに丘裾 から甲高い金属音が響いてきて、頂 にいる残りの騎兵らが一斉に駆け下り姿を消した。
「ご覧なさい! アイリ達が苦戦しているではないですか!」
最後に紫紺のマントを靡 かせマカイのシーデとやらが駆け下り姿を消すと、ここぞとばかりに被った雑草の合間から覗 いているイルミ王女は騎士2人を煽 った。
「あなた方も加勢してアイリ達を救いに行きなさい!」
頂 に敵兵の姿がなくなりイルミ・ランタサルは堂々と大声で騎士達を焚 きつけ始めた。
ヘルカ・ホスティラはあのちび助がマカイのシーデとどう闘うか見たくなりだし騎士団長へ持ちかけた。
「ラハナトス団長、我が偵察に行きますゆえ、王女様を御守り下さりますか?」
いきなりイルミ王女はヘルカ・ホスティラの頬 をつねり女騎士は痛みに雑草の被 い下から飛び出した。
「ヘルカ!貴女 1人で楽しみに行くとはどういう事ですか!」
「とんでもない! 偵察です !」
女騎士ヘルカ・ホスティラは中腰のまま半身振り向きそう王女へ告げ素早く頂 へと駆けた。
まったく何やってるんだ!
先頭の荷馬車の操馬台 から下りたアイリ・ライハラは2番目の荷馬車から下りた女暗殺者 イラ・ヤルヴァが追いついてきた馬上の兵士らに腕を振り大仰 に怒鳴るのを耳にした。
「我はウチルイ国ユリアンッティラ公爵家の第1令嬢イラ・ヤルヴァなるぞ! 控えろ兵士達!」
アイリは、騎馬3頭がイラ・ヤルヴァの周囲へ集まり騎乗の兵らが剣 に手をかけるのが見えた。それにつられイラがソードブレーカーを腰の後ろから引き抜き、兵ら3人が剣 を引き抜いた。
「ああ、どうすんだぁ! 行商人で言い逃れるのがパーじゃん!」
それに馬上の兵に短いソードブレーカーで太刀打ちできんでしょうに! アイリ・ライハラは憮然 とした面もちで荷台の方へ手を伸ばし自分の長剣 を引き抜き言い捨てた。
「フォー・ステップ!」
先頭の荷馬車の横からほぼ一瞬で3騎の兵士らとイラ・ヤルヴァの間に駆け込んだ少女は兵らが気づく余裕も与えず胸当 を斬 り割り驚きの眼差しを浮かべる兵らを馬から落とした。
寸秒、先頭の2頭立ての馬を回り込み残りの3騎の兵らが迫ってきてアイリは素早くステップを踏み替えその方へ稲妻の様に駆けだし長剣 の帯を引き伸ばした。
燕 よりも速く銀の帯が波を描き突っ込んでくる先頭の騎兵の胸元へ飛び上がった。
瞬 きの間も与えずに一瞬で残りの騎兵3人を斬 り捨てるとそのものらが立て続けに地面に落馬した。
アイリ・ライハラは立ち止まり長剣 大振りして血糊 を弾き飛ばすと、地面を蹴りつける幾つもの蹄鉄 の脈動を肌で感じた。
騎兵らが下りてきた背後の丘の方へ少女が顔を向けると斬 り倒した6人よりもずっと多い騎兵らが凄い勢いで駆け下りて来るのが見えた。
「あぁ、もうぜんぶ倒さないと治まんないじゃん!」
「シックス・ステップ!」
眼を游 がせるイラ・ヤルヴァと若い騎士ヨーナス・オヤラの目前を駆け抜け少女は14騎の騎兵らを向かい撃った。
麓 へ戦馬 を駆り立てながらシーデの片割れテレーゼ・マカイは右手指で輪を作りそれを唇へ当て鋭く指笛を鳴らすと、上空から1羽の鷹 が急降下し斜面すれすれで身を起こすとテレーゼの横に並び飛んだ。
「姉様を呼んで来い! 行け!」
そう彼女が怒鳴り右腕を大きく肩の後ろへ振り上げると、鷹 は大きく数回羽ばたき急激に馬から離れて行った。
丘を下る。
その大した距離でない僅 かな間に先に下った騎兵ら14騎のうち馬上に残っているのは5騎兵に減っていた。
ほんの一瞬という短い間で騎兵を失った馬らが混乱から遁走 し散りぢりに遠ざかって行くのが見え、テレーゼ・マカイは地面に倒れている兵らのほぼ全員が動いていない事実に、あの小柄なものが油断ならぬ大敵だと自分を戒 めた。
馬の鬣 に触れんばかりに前へ伏せ脇腹を何度も蹴りつけ戦馬 にもっと速くと強要した。
2番目の荷馬車の傍 らにいるその小柄なものが振り向いた刹那 、そのものの被っているフードがずれ落ち真っ青な髪を靡 かせたのが少女だと知ってもマカイのシーデは決意を変えるつもりはなかった。
一閃 、荷馬車の傍 らで残された兵らの間を身体を振り回し剣 で斬 りつけていた少女が振り向きマカイのシーデは口を開いた。
テレーゼ・マカイは
すぐに引き連れた中の6騎の兵が二手に別れ丘を駆け下り荷馬車らの左右へ迫った。
テレーゼは先行させた騎兵らへの
駆け下った騎兵らが左右からキャラバンの先頭を行く荷馬車に追いつき何か怒鳴るのが丘の
先頭の荷馬車
2番目の
ただの商人の旅人にしては荷が多すぎ、引っ越してきた
騎乗の兵らを相手に身振り手振りで説明を始めたのは若い亭主でなく妻の方だった。その何がいけなかったのか、片側の兵3人が
その女が背後から短刀のようなものを引き抜き一瞬で場が緊迫しとうとう片側の騎兵ら3人も
一瞬、その女が揺れ動き兵ら3人を短刀で倒した様に見えた。
遠目で見なければ気づかなかったとテレーゼは思った。
先頭の荷馬車の横にいたはずの小柄なものが若い女の
「若夫婦は相手するな! 小さい奴を全員で
テレーゼ・マカイが叫ぶと、14騎の兵らの馬が一斉に駆けだした。
その直後、荷馬車先頭の2頭立ての馬を回り込んで来た3人の騎兵らが一瞬にして馬から転げ落ちた。
またしても
マカイのシーデの片われは馬の脇腹を蹴り猛然と丘を駆け下った。
20騎余りの騎兵らが気づかずに通り過ぎた。
「王女様、動いてはなりませぬ──」
ひそめた声で女騎士ヘルカ・ホスティラに警告されイルミ・ランタサルは小声で言い返した。
「こんなとこにいたら丘の下が見えないじゃないですか────」
野原の上り勾配に浅穴を掘り雑草を被った彼ら7人は雑草を
「団長、あの紫紺のマントの指揮官──デアチ軍のマカイのシーデの1人ではないでしょうか?」
「うむ──確かにマントに入れられた
マカイのシーデ! イルミ・ランタサルの胸が高鳴った。双子の姉妹2人で千騎の兵らを立ち行かぬ様にしてしまう死神。
イルミ王女は我慢ならぬとばかりにリクハルドの腕を振りほどき腕を立てようとしてヘルカに二の腕をつかまれ引き倒された。
もたもたしてるとアイリがさっさと終わらせてしまうと気が急いてイルミ王女はわかっていながらに馬鹿な事を口にした。
「見つからないように
王女は駄々をこねるように両側の騎士へ告げた。
「その
小声だがヘルカがきつくたしなめた。
騎兵らのうち5、6騎が丘を駆け下り姿を消した。時間的に丘を下りきったアイリ達が騎兵らに見つかってしまった頃合いだった。
「
「クスターとヨーナスはあれでもノーブル国騎士団の一員。王女様のためあらば命を
押し殺した声で騎士団長が中途半端な説明でイルミ王女へ言い聞かせようとしてると、王女を
「王女様、
ヘルカ・ホスティラが説得している途中で、これだけ離れているのに
「ご覧なさい! アイリ達が苦戦しているではないですか!」
最後に紫紺のマントを
「あなた方も加勢してアイリ達を救いに行きなさい!」
ヘルカ・ホスティラはあのちび助がマカイのシーデとどう闘うか見たくなりだし騎士団長へ持ちかけた。
「ラハナトス団長、我が偵察に行きますゆえ、王女様を御守り下さりますか?」
いきなりイルミ王女はヘルカ・ホスティラの
「ヘルカ!
「とんでもない! 偵察
女騎士ヘルカ・ホスティラは中腰のまま半身振り向きそう王女へ告げ素早く
まったく何やってるんだ!
先頭の荷馬車の
「我はウチルイ国ユリアンッティラ公爵家の第1令嬢イラ・ヤルヴァなるぞ! 控えろ兵士達!」
アイリは、騎馬3頭がイラ・ヤルヴァの周囲へ集まり騎乗の兵らが
「ああ、どうすんだぁ! 行商人で言い逃れるのがパーじゃん!」
それに馬上の兵に短いソードブレーカーで太刀打ちできんでしょうに! アイリ・ライハラは
「フォー・ステップ!」
先頭の荷馬車の横からほぼ一瞬で3騎の兵士らとイラ・ヤルヴァの間に駆け込んだ少女は兵らが気づく余裕も与えず
寸秒、先頭の2頭立ての馬を回り込み残りの3騎の兵らが迫ってきてアイリは素早くステップを踏み替えその方へ稲妻の様に駆けだし
アイリ・ライハラは立ち止まり
騎兵らが下りてきた背後の丘の方へ少女が顔を向けると
「あぁ、もうぜんぶ倒さないと治まんないじゃん!」
「シックス・ステップ!」
眼を
「姉様を呼んで来い! 行け!」
そう彼女が怒鳴り右腕を大きく肩の後ろへ振り上げると、
丘を下る。
その大した距離でない
ほんの一瞬という短い間で騎兵を失った馬らが混乱から
馬の
2番目の荷馬車の