第22話 鬼畜(生 おにちくしょう)

文字数 2,043文字

 幌馬車(ほろばしゃ)の後ろから大きな跳ね橋を通り過ぎて行くのをフード(かぶ)った2人は見つめていた。

「出て行くのは簡単なんだな」

(がい)して城などそのようなものだ」

 アイリ・ライハラが思ったことを口にするとヘッレヴィ・キュトラが教えた。

「もしかして貴君は騎士になってまだ日が浅いのか? その──城の仕組みなどどの国でも同じだろ」

 少女が視線を同じ荷台の向かいに座る元異端審問官へと向け首を(かし)げた(つぶや)いた。


「まだ半月だよ」


 ヘッレヴィは眼を丸くした。

 アイリがここに(およ)んで嘘をつく理由はなかった。

 その歳で第1騎士だ。よほど幼少期から騎士見習いをして幾つもの武勲(ぶくん)を立て騎士団長に上り()めたとばかりに思っていた。

「その────アイリ。貴君はイルミ・ランタサル王妃(おうひ)が我が国に乗り込むための騎士団長リクハルド・ラハナトスの影武者(かげむしゃ)だったのか?」

 少女は一瞬意味わからぬと瞳を上へ向け(およ)がせると口を開いた。その(さま)を言い逃れを考えているとはヘッレヴィには思えなかった。

「違うよ。近衛兵副長だった」

 騎士団長は無理だが近衛兵副長でも年齢と釣り合わないと元異端審問官は思った。

「アイリ、貴君はどうやって近衛兵副長になれた?」



「くるんくるんに押しつけられ──た」



 くるんくるん!? ああ王妃(おうひ)の髪形を言ってるのか。

 押しつけられた? 何をもってして────この年端(としは)ゆかぬ少女に────あぁ──そうなのだな。このものの半端ない身の動かし方に将来一国の兵を統率できる才ありきとあの妖女は判断したのだな。

 このものはまだ人生を知らず子どもの視線で難局を計るが、逆にそこが大人がつけ込まれる理由となっている。

 ヘッレヴィ・キュトラは思わず微笑むと逆に少女は顔をしかめた。

「なんだよ気色わりぃ」

「ん、いや、貴君がことの真意を確かめに行かないかと誘った理由が少し理解できた──からだ」

 アイリは元異端審問官から向きを変えて荷台後部の縁に足をかけ穀物(こくもつ)の袋に背を預けた。

「まあ、そう考えるなよ。疲れるだろ? 先長いし」

 気を使ってくれてるとヘッレヴィ・キュトラは(うれ)しくなった。第2騎士ヴォルフ・ツヴァイクや第3、4位騎士マカイ姉妹を倒したとはとても思えぬ。

「そうだな。ところでアイリ・ライハラ」

「アイリでいいよ」

 元異端審問官は軽く咳払いして声をかけた。

「あ、アイリ──貴君はかなり身の動きが速いんだけれど誰か有名な騎士に教えられたのか?」

 少女が顔の前で右手を振った。

「ないない。小さい頃から親父が蹄鉄(ていてつ)(ソード)を投げるんで身動きが速くなっただけ」

 て、蹄鉄(ていてつ)、そ、(ソード)!? そんな危ないものを父親は投げつけていただと!? 幼少の女の子にとんでもない父親だとヘッレヴィ・キュトラは顔をしかめた。

「当たって切ったり(あざ)になっただろう。とんでもない父親だな」

 少女がまたパタパタと手を振った。

「とんでもない。怪我どころか、最初のころ火傷したよ」

 火傷(・・)──や・け・ど!?

「な、なんで(ソード)火傷(・・)するんだ!?」



「あぁ、真っ赤かに焼けてるものを投げつけるんだよ。鍛治職人だからって自分の娘にポイポイ投げねぇよな。普通はなぁ」



 焼けた(ソード)!? 思わずヘッレヴィ・キュトラは両腕を振り上げ顔を(かば)った。

 娘が娘なら、父親も尋常(じんじょう)じゃない! そんなものかすっただけで大火傷するではないか。そうまでしてこの子の父は娘をどうして(きた)え上げたのだろう?

「どうして父君(ちちぎみ)は貴君を騎士団長にしようと鍛えだしたのだろう?」

 またブラブラとアイリは手を振った。

「ちゃうちゃう。親父、鍛冶屋()げってよく言ってたから騎士なんかになったって知ると、驚くか、怒るかだよ。でもランタサル王家に身売りされたから、この次会ったら顔に片足蹴り込む」

 身売り!? そんなに食うに困る家庭だったのか、とヘッレヴィ・キュトラは少女に手を差しのべようとして腕を止め尋ねた。

「貴君、幾らぐらいで身売りされたんだ?」



「1億9千8百万デリ──」



 1億9千8百万デリ(:約4800万円)だぁ!? そんな破格値どんな奉公や奴隷売買でも扱ったと聞かぬ金額。ランタサル王か、それとも現イルミ・ランタサル王妃(おうひ)か? この娘が喉から手が出るほど(ほっ)した理由は何なのだ!?

「────それに若い美人3人付き」



「はぁあっ!?」

 お前の父親は鬼畜かぁ!?



「アイリ・ライハラ────貴君の父に蹴り入れるときに手伝わせろ」





 窓締め切った暗がりでベッドからそ────っと下りようとしたクラウス・ライハラはいきなり手首をつかまれ固まってしまった。

「駄目ですよクラディウス」

「いやぁちょっと仕事を」

 シーツから別な手が伸びて彼の腕をつかんだ。

「ねぇぇ、働かなくても食べるに困らないでしょ」

 男は苦笑いし立ち上がろうとした。

 ベッドから3つめの手が伸びてクラウス・ライハラの指に絡んだ直後彼は大きなくしゃみをして女達が驚いたように手を引っ込めると彼が(つぶや)いた。


「どこぞの阿呆(あほ)(うわさ)してやがる」





 遥か遠くの荷馬車でアイリ・ライハラとヘッレヴィ・キュトラがくしゃみでハモった。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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