第19話 迷いの森

文字数 2,086文字

 気づくと(きり)垂れ込める森の中をさ迷っていた。

 女騎士ヘルカ・ホスティラはここはどこなのだと辺り見回し、まったく見覚えのない場所に、ああそうだエステル・ナルヒとアイリ・ライハラ(もど)きを追いかけ北の最果てまで行ったのだとはっきりしない頭で思いだした。

 (きり)で遠くまで見渡せぬが、森に何ものかの気配を感じると用心にと腰ものに手を伸ばして(スキャバード)しか無いことに気づいた。

 ああ、そうだ。巨大な扉をこじ開けようと(ソード)を差し込んで力入れたら2口(ふたふり)も折ってしまったのだ。だが扉の隙間(すきま)がさらに開き強引に中に入り込んで────頭にも(もや)がかかったように探りさぐり記憶を呼び戻さないといけない状況にヘルカは苛立った。

 苛立ち!

 巨大な扉の奥の部屋に黒くドロドロしたものがいて、それがエステル・ナルヒの姿に変わりアイリ・ライハラが捕まり逆さ吊りになった。アイリ・ライハラが本物かとかよりもその第6騎士に眼の前で豹変したのは絶対に人の(たぐい)でなく魔性の()だと直感で(さと)ったのだと女騎士は思いだした。

 ああ、そうだった。

 逆さ吊りの誰かさんを民とみなし短剣1つでその魔性の()に一撃と踏み込んで────。

 ヘルカ・ホスティラは震えが走った。


 顔をつかまれとんでもない力を入れられた。


 その腕に()りかかったものの、気が遠くなり気づいたらこの(きり)深い森にいた。

 (うめ)き声が聞こえヘルカ・ホスティラは振り向くと樹木の間に揺れ動く人影が見えた。

「すまぬ。ものを尋ねたい。ここはどこなのだ?」

 その問いにまた(うめ)き声が聞こえた。それが尋常ならぬものに思え女騎士はその人影に警告した。

「き、気をつけろ。この近くに怪しい気配を感じる!」

 さすがの脳筋女も(きり)の中のその近づいてくる返事せぬものがヤバイ(・・・)後退(あとず)さった刹那(せつな)(きり)の中から伸ばされた手が出てきた。


 骨むき出しの腐肉垂れ下がるその腕にヘルカ・ホスティラは顔を(こわ)ばらせると片目が顔の外に垂れ下がった死霊が踏み出してきた。


「し、しまった! ここは死者の徘徊(はいかい)する腐界(ふかい)の森なのか!?」

 死霊を倒せぬことはなかったが肝心の(ソード)がないので、む、無理だぁとヘルカは焦った。

 ど、どうすると女騎士は後ずさりそのゆらゆらと歩いてくる半骸骨(がいこつ)に距離を取りながら何かおかしいと気づいた。

 こっちに来てない!?

 その死霊はどんどんとヘルカの方から逸れてゆく。死霊は生者に引き寄せられるのが(つね)なのにまるで無視するようにどこかへ歩いて行く。

 その異常な事態に女騎士は(きり)の先に見失わない死霊に距離を取りながら後を追い始めた。

 もしかしたら近くに生きてる人が多くいてそちらに死霊が引き寄せられているのかも知れなかった。

 しばらく追い続けていると横手から別な人影が出てきた。そのものは骸骨ではなく普通の姿した農婦だった。

 ヘルカ・ホスティラはそのものに声かけようとして声を呑んでしまった。胡乱(うろん)とした気の抜けたその農婦に生気はなくまるで死者に見えて、女騎士はやはり何かがおかしいと思い始めた。

 その2体の亡者にヘルカはこの地の鍵があるとばかりに追い続けた。

 かなり歩き続けると滝のような音が(きり)の先から聞こえて来ると亡者らが歩みを速めた。

 何を急いでいるのだと、女騎士も脚を速めた。

 すぐに(きり)が途切れ、怒涛(どとう)のごとく荒れ流れる河に出くわした。河幅は広く向こう岸の距離感がつかめない。

 追っていた体の亡者が岸沿いに向きを変えどこへ行くのだと岩陰からヘルカが(のぞ)いていると岸部に着いた上半身素っ裸の船頭(せんどう)のいる小船に乗り込み始めた。

 死者を舟に乗せてどうするんだと女騎士が(のぞ)いていると船頭(せんどう)が岸に下りてヘルカ・ホスティラの方へ手招きして大声で呼びかけた。


「そんなとこに隠れてないでお前も乗れ!」


 まずい! 見つかったと頭を隠した女騎士はここはもしかして黄泉の国に行く直前の苦悩の河(アケローン)ではないのかと鳥肌立った。

 なら自分は死んだことになる!

 そうだ! エステル・ナルヒに化けた魔物に顔を(つぶ)されたんだと記憶が(よみがえ)った。

 嫌だ! 死にたくない! 死んでたまるか、とヘルカ・ホスティラは岩陰を後退(あとず)さり始めると遠くにいたはずのその船頭(せんどう)が岩の上にひょいと顔を突き出した。

 見るからに年老いた鼻下から(あご)までよれよれの白髪(ひげ)で覆われたその男が警告した。

「逃げても無駄だぞ。河渡しのカローンにはお見通しだ。運命の河からは何人(なんびと)も逃れられん!」


 女騎士ヘルカ・ホスティラは(かぶり)振って男から後退(あとず)さり続けた。

 捕まれば黄泉送りにされてしまい生前の行いが裁かれて死が確定する。生前の行いには問題がないはずだがと、元騎士団長リクハルド・ラハナトスを脅したことを思いだして苦笑いした。

「逃げても無駄じゃ!」


 カローンと名乗った(じじい)が見かけとはかけ離れた動きで岩を跳び下りてヘルカへにじり寄った。

 その河渡しの男後からもう1人岩を飛び越えて船頭(せんどう)を背中から砂地に蹴り倒した。

 踏み(つぶ)されたカローンが横顔を振り向け怯えた声を上げた。

「ま、また貴様かぁ! 何しに戻ってきたぁ!」


 冥府(よみ)苦悩の河(アケローン)の河守りの上でアイリ・ライハラがヘルカ・ホスティラに手をさし伸ばし声をかけた。



「帰るぞヘルカぁ!」





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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