第8話 呪術と盟約

文字数 1,494文字

 葡萄(ぶどう)(つた)這い回る顔でじっと見つめられアイリ・ライハラは服の後ろをつかむエステル・ナルヒの手を振り払い跳び退()いて上擦(うわず)った声で問いかけた。

「な──なんだよ!?」

 剣竜騎士団第6位の女が腰を曲げ前のめりに顔を近づけアイリの顔を(のぞ)き込んで(つぶや)いた。

「ほんまに騎士団長やわ」

 腕振り上げアイリは否定した。

「ち、違う! アイリ──の姉のマイリ・ライハラ────」

「そんなのどうでもようござりんすえ。騎士団長、今のあんたがほんまもん? それとも小娘の時がほんまもんなん?」


「どっちも────あ! あれはあれ、これはこれじゃん」


 言い切ったアイリは自分で馬鹿なことを言ってると苦笑いを浮かべ不安になった。

 エステルは目尻を下げ指摘した。

「言い方もおんなじやな。まあええ。(みな)に黙っといたるさかい、教えて────どないして歳を変えてるん?」

 ズバリ突っ込まれてアイリは眼を(およ)がせ打ち明けることにした。

「す、好きでこうなったのと違う。森の精霊にいいようにされてしまったんだよ」

「へぇ!? 精霊ってそんなんできるんや。わっちも(わこう)なれるかなぁ」

 初見の時に比べてエステルのくだけた話し方でアイリは本心だと思った。

「や、止めておいたほうがいいよ。とんでもなく上乗せされたらどうすんだよ。取り消しできないんだぞ」

 アイリが警告すると第6騎士が感心したように(うなづ)いて話題を変えた。

「ところでさぁ。さっき一緒におった喪服(もふく)の女、テレーゼ・マカイやん」


 うっ、とアイリは息を呑んだ。


 もう誤魔化しようがないとアイリは腹をくくった。自分が引き戻した奴だし責任があると躊躇(ちゅうちょ)するアイリにエステル・ナルヒがまた身を乗りだして(たず)ねた。


「さあ、教えたら────ええのに。服従するまで拷問で責め上げたろか」


「な、何を考えてるんだエステル?」

 (まぶた)痙攣(けいれん)させアイリが見つめる目鼻先の刺青(いれずみ)(つた)のた打つ第6騎士が左右の口角を吊り上げた。


「ちょいばっかり蘇らしたい奴がおるんや。復活の呪法を教えたらええのに」


 こいつが言ってる奴がとんでもない手合いで世界の秩序を(くず)すとアイリ・ライハラは本能で悟った。





 アイリ・ライハラ生家の居間で記憶喪失の魔女の(おどろ)きぶりにアイリの父クラウス・ライハラが顔を振り上げた。

「どうした、イルミ?」

「北の地に──レクセ・テネブリスの────息吹が」

 レクセ・テネブリス? 古代語のようだとクラウスは思った。レクセ──確か王だ。何とか王の息吹。どこかの列強が進軍をする前触れかもしれなかったが、テネブリスに覚えがなかったので(たず)ねた。

「テネブリスってどういう意味だ、イルミ?」

 裏の魔女キルシが唇を動かし何かを言いかけ(かぶり)振ったのでクラウスは頭の傷に差し障り良くないと思い無理強(むりじ)いしなかった。

 一気に成人してしまった娘と女異端審問司祭、それとイカレた髪形の女騎士はデアチ国へ戻って行った。ノーブル国へただの奉公(ほうこう)に出ていた娘が騎士になり戻ってきたのは運命だと父は思った。

 天空の眷族(けんぞく)(ちぎ)り交わした命が剣の道を歩むのはわかりきっていた。どの道、遠ざけても盟約(めいやく)には逆らえぬと剣術と魔術を授けたのは少しでもあの子が生き延びるためだとの親心だった。

「なあイルミ、お前が娘に出会ったのも運命。記憶が戻るまでうちで暮らしなさい」

 アイリの父がそう告げると記憶喪失の娘がしどろもどろに(つぶや)いた。



「アイリ────アイリは──ファティ────グラディオ」



 クラウス・ライハラは頭に包帯を巻いた娘を見つめる(まなこ)を強ばらせた。ファティ・グラディオの言の葉を耳にしたのは2度目だった。



 アイリ・ライハラを殺してしまった天上人(てんじょうびと)が口にした運命の剣という古代語だった。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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