第14話 拳(こぶし)王

文字数 1,678文字

 (やいば)ぶつかり合う波動に氷の壁から水滴が弾け飛ぶ。

 銀眼の魔女と一戦交えるノッチに何か手助けはと辺り見回すイルミ・ランタサルは天井から下がった氷柱(つらら)に気づいた。

 飛びとびに抜けた床の穴が邪魔をし(たた)きつけに行けぬが投げつけることはできると王妃(おうひ)は飛び上がり天井から下がった氷柱(つらら)(たた)き折った。

 1本では足らぬとばかりにイルミは繰り返し数本を折るとその1本をつかみ上げ振りかぶって、激しく動き回る銀眼の魔女へ狙い定めた。

 だがあまりにも動きが素早く投げるに投げれずにいると落とし穴の縁にいきなり筋肉質な腕が突きだされイルミは驚いて後退(あとず)さった。

 落とし穴から()いだそうとしてきたのは見窄(みすぼ)らしい成りをした鼻の下から(あご)にかけて白髪混じりの絡みきった顎髭(あごひげ)の初老の男。

「何を見ておるかぁ! 手が滑るんじゃ!! 手伝えそこの女ぁ!!!」

 (じじい)に言われムスッとしたイルミ・ランタサルはそれでも落とし穴に捕らわれていたものだとばかりに男が穴から抜けるのを手伝った。

 初老の男が抜け出すとすぐに次の手が落とし穴から突き出て氷の床に指を滑らせ、イルミ・ランタサルは次のものを引き上げるとヘルカ・ホスティラだった。

 そうして次々にテレーゼ・マカイとアイリ・ライハラが引き上げられ王妃(おうひ)はアイリに初老の男のことを尋ねた。

「アイリ、このものは魔女に捕らわれていたのですか?」

「うにゃ(違うよ)。冥府(めいふ)苦悩の河(アケローン)河守(かわもり)────カローンだよ」

 冥府(めいふ)河守(かわもり)ですってぇ!? イルミ王妃(おうひ)は思わず引いてしまった。3人は穴底に激突死して生き返るついでに冥府(めいふ)の住人を連れてきたことになるのか。

 王妃(おうひ)は少女に顔寄せて小声で尋ねた。

「どうして冥府(めいふ)の人を連れてきたの!?」

 ノッチが銀眼の魔女と鍔迫(つばぜ)り合いするのを見つめていたアイリは王妃(おうひ)に問われ簡単に答えた。

「魔女への奥の手」

 奥の手ですって!? こんなよぼよぼの年寄りがぁ!? 王妃(おうひ)が盗み見るとカローンが片手上げ微笑んだ。

「よっ!! 銀眼の魔女ってあいつかぁ?」

 そう言って剣戟(けんげき)繰り広げる白髪の女と青髪の男を見つめながらカローンは立ち上がった。

「女の方だよ。男は味方だから手をだすなよ」

 そうアイリ・ライハラが言うとカローンは右腕を数回振り回して両膝(りょうひざ)を折って一気に落とし穴を飛び越え青髪の男の(そば)に下り立った。

「なんだお前かカローン」

 そうノッチに言われカローンは顔をほころばせた。

「なんだぁノッチスじゃないか。じゃあ本当にこの女が悪人なんだな」

「そうだ手をかせ」

 ノッチに教えられカローンは素手で銀眼の魔女へと進み出てその女に言い捨てた。


冥府(めいふ)では女も平等にあつかう。つまり殴ってよし、だぁ」


 いきなり銀眼の魔女は素手の老人に()りかかった。その強速(ごうそく)で迫る2口(ふたふり)の氷の(やいば)をカローンは両拳(りょうこぶし)で打ち据えた瞬間、爆轟に周囲の壁の氷に(ひび)が走った。

「この(こぶし)(やわ)じゃねえぞ。幾千年も数億人の頭ぶん殴ってきたからなぁ」

 言い捨てるノッチに銀眼の魔女は数歩退()いて間合いを取ってニヤついた。








 一方、落とし穴の反対側で女騎士ヘルカ・ホスティラとテレーゼ・マカイが剣を引き抜いたのでアイリが止めに入った。

「まてよ。あの(じい)さん、半端なく強いから見てろよ」

 寸秒、脚を繰り出し交差させた銀眼の魔女はスピンし横様に氷の(ソード)を目にも止まらぬ速さで振り抜いた。

 またもや爆轟が広がり衝撃に天井の氷柱(つらら)が落ちてきてノッチは(あわ)てて跳び退いた。

 カローンは突き出した右腕の前腕を立てて片腕で2振り(ふたふり)(やいば)を受け止めていた。

 それを眼にしてヘルカが(あご)を落としアイリに(たず)ねた。

「あ、アイリ、あの(じい)さんばなれしたオヤジ。す、素手だけで銀眼と渡り合ってる────」

 直後、カローンは左の(こぶし)打ち出し魔女の腹に正拳(せいけん)打ち込むと銀眼の魔女が壁に飛ばされぶつかった壁が(ひび)割れすり鉢状に陥没した。

 強ぇえええ!

 苦悩の河(アケローン)で渡り合った時に強いとアイリ・ライハラは思ったがここまでの強さだと思いもしなかった。


 だが苦悩の河(アケローン)河守(かわもり)の強さもここまでだった。



 陥没(かんぼつ)した氷壁(ひょうへき)から出てきた銀眼の魔女がいきなり姿消すとカローンの(そば)に同時に出現し(やいば)打ち込んだ。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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