第8話 目立て

文字数 3,179文字


 受け取った依頼書に眼を通していたイルミ・ランタサルは憮然(ぶぜん)とした面もちになると受付の耳の長い女に食ってかかった。

「ちょっと、納得できませんわ! どうして(わたくし)達が15階層で、貴女が67階層なんですか!?」

 窓口の奥で魔石を袋に仕舞ったその女が鼻で笑った。

「あんた、たぶんパーティー・リーダーなんだろうが──勘違いしたらそこの青髪の子を除いて全滅するぞ」

 また騎士団長と女騎士が王女の左右から詰め寄った。

「出てこい女! 我らを愚弄(ぐろう)するその口を開けない様にしてやる!」

 騎士団長を片手で押しのけヘルカ・ホスティラが怒鳴った。

「それはお前さんが、15階層の主から赤い石を持ち帰ったら考えてやるよ。大きさはこれぐらいだ」

 そう言って耳長女が皆に見える様に窓口に腕を突き出し人さし指と親指で輪を作って見せた。

「おう! 持ち帰りお前を引き()り出してやる! 行きましょう王女様!」

 そう言ってヘルカが王女の腕をつかみ窓から引き離すと(みな)もついて行き、アイリ・ライハラが取り残されると、さっきとは打って変わり耳の長い女が優しく声をかけた。

「あのくるんくるん、王女なのか?」

 そう言い受付口に身を乗り出し女が片手の人さし指を頭に当て回しながら下ろすとアイリは微笑んだ。

「まあいい。あなた1人なら80どころか最下層にある冥府の門にさえたどり着けるだろう」

「冥府の門?」

「うん、死者の国の入り口だ。生きでたどり着けない限界領域の先だよ。15階層まででもあなたがあいつらを護ることになるだろうけれど、これだけは覚えておきなさい」

「何を?」

「あなたのその輝きをもってしても、(みな)すべてを護れると思わないことだ。いずれあなたは選択することになる────誰を救い、誰を見捨てるかをね」

 アイリが暗い表情になると、受付の女がフォローした。

「心配しなさんな。そこまで(みな)が行かない様に結界石をあげよう」

 そう言って女が窓口裏の横へ手を伸ばし石を取ると、窓口に置いた。

 琥珀(こはく)色の親指の爪ほどの大きさの小石だった。

「これをあなたが持って行けば15階層より下に皆も入れない。落とさない様にね」

「ありがとう」

 少女が(うなづ)き受け取ると耳長の女が微笑み返した。直後、ギルドの玄関先からドアを開きイラ・ヤルヴァが名を呼んでアイリを手招いた。

「アイリさん! (みんな)が武器屋にゆくそうですよ。急いで」

 走り去る少女の後ろ姿を見つめ受付の女が目尻を下げ(つぶや)くと少女は外へ出ていった。


「生きて見れるとは思わなんだ。あれは守護契約なんて軽いものじゃない────」



「あの子、天空の眷族(けんぞく)であるとも云われるノッチス・ルッチス・ベネトス────」



「────雷竜の王と一心同体だ」




 アイリが荷馬車に乗り込むと、イルミ王女が誰に聞いたのか、あっちこっちと指図し手綱(たづな)を握るイラが振りまわされ、街の奥にある一軒の武器屋にたどり着いた。

 武器屋の前が4台の馬車で一杯になると、荷馬車から下りてゆくイルミ王女の後に他の荷馬車から騎士達もついて行く。アイリはイラに声をかけた。

「お前も行くの?」

「ええ、王女が1人に1つ買ってくださると──アイリさんもどうぞ」

「あぁ、私いいや。どうせ大したもんないだろうし」

 アイリがそう言うと先に店に入ったイルミ王女がまた戸口に戻ってきてアイリに手招きしながら大声で呼んだ。

「アイリ! アイリ! アイリ・ライハラ来なさい!」


 あぁぁ、めんどくせぇ!


 少女は荷台の上で顔を背けるとぶつぶつ(つぶや)いて荷馬車を下りだらだらと入り口へ歩いた。

 イラと中に入ると騎士らが(ソード)を手に取り品定めし、その間を小柄な店主が売り込もうと行ったり来たりして説明していた。女騎士ヘルカ・ホスティラが一番眼を輝かせ手にしたいかにも冒険者が持ち歩きそうな派手なものを見ている。

 一目見回し、店に出されているどの(ソード)も親父の作るものより質が落ちると、アイリは胡乱(うろん)な眼で見まわす。

「これが一番、頑丈(がんじょう)そうだな」

 騎士団長リクハルド・ラハナトスがクレイモア並みに大きな(ソード)を両手で握りしめ(やいば)を眺めている。


「けっ──そんなもん」


 顔を背けたアイリが(つぶや)くと女騎士ヘルカが眼を吊り上げ振り向いた。

「なんだと貴様! 近衛兵の分際で騎士の見立てにケチをつけるか!」

ケチ(・・)? 騎士にあるまじきお言葉」

 アイリが顔を逸らしたままさらに(つぶや)いて、ヘルカは真っ赤になって口を開いたがイルミ王女が割って入った。

「ホスティラ! お止めなさい! アイリの父は優秀な刀剣鍛冶。娘である彼女の目立ては正しいのでしょう」

 王女のその言いぐさに店主がカチンときて王女に問い返した。

「優秀な鍛冶職人──さてお名前は?」

「クラウス・ライハラ」

 王女が教えると店主は天井へ視線を上げ考えるとぼそりと言い放った。

「知らんなぁあ! もぐり職人かな?」

 その言い方にアイリがカチンとくると、少女は騎士団長の(そば)につかつか行き、彼が両手で支えている長剣(ロングソード)をひったくった。

「こんなもん」

 そうアイリが言い捨て、自分の身長より長い大(ソード)を片手で縦に一振りした。ぶんと大きい音がして(やいば)が付け根からボッキリ折れ床へ斜めに突き刺さった。

 それを見ていた店主が小さな悲鳴をもらし(つぶや)いた。

「うちで一番頑丈な(ソード)を!」

 (みんな)が唖然となってると少女は次に女騎士の(そば)に行き派手な(ソード)を奪い取った。

棍棒(こんぼう)の方がマシだぁ」

 またアイリはぼそりと吐き捨てると、片手でぶんと縦に一振りする。途端に(やいば)にひびが走りバラバラになった。

 ヘルカ・ホスティラは驚いて両手を振り上げ後ずさった。

 少女は次から次に騎士らの手にした(ソード)を一振りで使えなくし6振りをダメにすると店主が震えて訴えた。

「うっ、うちの高い売り物を────どっ、どうしてくれるんです!?」

「あぁ────!?」

 アイリが下から横へ顔を振り上げ両肩を吊り上げると店主に三白眼で迫った。


「親父を馬鹿にしたからだぁ!」


 その気迫に店主が後ずさったが少女は(ゆる)さなかった。

 左手に握っている自分の細身の(ソード)を振り抜くと、横に構え店主へ吐き捨てた。

「このいかさま武器商人がぁ! みんな伏せろ!」

 慌てて誰もがしゃがむと、直後アイリ・ライハラが湾曲した細身の長剣(ロングソード)を、群青の髪を振り乱し周囲へ一振りした。


 一瞬で店内の四方の壁に人の胸から上の斜めの白い線が一本走ると、そこから陽の光が広がり一気に店が斜めに(くず)れ落ちた。


「どうしようもない商人でしたね! 皆さん行きますよ!」

 イルミ・ランタサルが(あご)を突き出し店主を見下ろすと彼のパンツまで切れ落ちて、慌てて王女は顔を逸らして半分になったドアを乗り越え外に出てしまうと、アイリ・ライハラが長剣(ロングソード)(スキャバード)にぱちんと戻した。



 瞬間、残っていた店下半分がバラバラになり、残りのものは最後に倒れたドアを踏みながら外へ出た。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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