第16話 させている

文字数 2,059文字

 デアチ国首都まであと1日足らず。

 襲撃を警戒しイルミ・ランタサル座る1台目の荷馬車操馬台(コーチ)に並び腰を下ろし手綱(たづな)を騎士団長リクハルド・ラハナトスが操っていた。

 イラ・ヤルヴァが命を落とし、アイリ・ライハラが気の触れた状況で王女を護るのはリディリィ・リオガ王立騎士団の務めと気負いはあるものの、リクハルドはデアチ国元老院(おさ)のサロモン・ラリ・サルコマーに謁見(えっけん)を申し込みに行くイルミ王女の真意をつかみかねていた。

「王女様、順調にゆけば今夕には首都城下に到着いたします。サロモン・ラリ・サルコマーへの拝眉(はいび)は夜になさいますか?」

 馬用の(むち)を揺らしていた王女は即答した。

「いえ、リクハルド。明朝にいたしましょう。夜などに懇請(こんせい)しても雑に扱われるかもしれませぬ。じっくりと話し合う必要がありますから」

 話し合い。それは対等にあってこその互いの譲歩をさぐり合う場。だが強権なデアチ国の元老院(おさ)が同じ立場で会うはずがないと騎士団長は思う。

 大国デアチはこの二十年、度重(たびかさ)なる派兵で領土拡張を繰り返し勢いを持つ。だが幾つかの小国を属国としたものの東の大国イモルキと西の大国イルブイと三竦(みすく)みの状態が続いていた。

 ウチルイをほぼ領土と化したデアチは東西の大国へ先んじ南のノーブル国の領土が喉から手の出るほど欲しているのは間違いなく、それをイルミ・ランタサル(みずか)ら乗り込むと逆手(さかて)に取られ下手をすれば人質にされかねない。

 機知に富むイルミ王女の事だからそれなりの交渉をお考えだろうが、(あや)ういとリクハルドは不安を抱いていた。

「リクハルド、王家に仕え今年で何年になりますか?」

「は、38年にございます」

 わざわざ問うまでもなく、イルミ王女はすべての騎士の様々なことを(そら)んじているはずだが、と騎士団長は(こた)えながら思いだした。

(わたくし)の人生の倍以上──長かったですね。あまり良い思いをさせずに申し訳なく思っています」

 騎士団長は眉根を寄せた。王女の口上がまるで最後を匂わせていた。

「イルミ王女様、貴女(あなた)様を今は亡き王妃様が身ごもられた時から決断いたしておりました。(わたくし)はランタサル王家にお仕えしノーブルの(たみ)を護れました事こそが幸せであり、貴女(あなた)様とウルマス王を命に代えてでも御護りすると」

 イルミ王女が揺らしている馬用の(むち)を引き寄せ両手で握りしめ騎士団長はその仕草1つに身構えてしまった。

「リクハルド、それでは無理を押して1つ約束して下さい」

「何で御座いましょうか、イルミ王女様?」



「もしも──交渉が決裂するようであれば、ヘルカ・ホスティラ筆頭に若手騎士達に────アイリとヘリヤを連れ何としてもノーブル国へ生きて戻る様にと貴男(あなた)から説き伏せて欲しいのです」



 リクハルド・ラハナトスは苦虫を噛み潰したような面もちになった。交渉!? イルミ・ランタサルはサロモン・ラリ・サルコマーに何を申し出るつもりなのだ!?

 確かに裏切った家臣(かしん)のヴィルホ・カンニストは責め苦の挙げ句死ぬ間際にデアチ国元老院(おさ)と取引をした事を白状はした。

 だがそれは口さきだけのこと。

 イルミ王女はそれを承知で謁見(えっけん)を申し出ると決めたからには何かしらの(さく)があってのことと思ってはいたが、覚悟をお決めになっているのであれば最後まで貴女(あなた)様の(たて)となり剣となるのは本望。


御意(ぎょい)。お任せ下さいませ。王女様は(わずら)わされることなく(おぼ)し召しのままに」


 男冥利(おとこみょうり)()きこれこそ騎士道の神髄(しんずい)とリクハルドは思ったものの、あの頑固者のヘルカ・ホスティラをどうやって折れさせるか奸計(かんけい)が必要だと思った。

 そうだ!

 アイリとヘリヤを護り抜き王都へ連れ帰ることを重大な任務だと思わせるしかない。幸いにヘルカは気の触れたアイリのことを何故(なぜ)かとても気遣(きづか)っておる。だがそれにはイルミ王女の協力があれば確実。

「王女様、アイリ・ライハラの気の病を治すにはノーブル国の施術(せじゅつ)士──何某(なにがし)に至急見せる必要があるとお口添(くちぞ)え頂けましたら──」

 途端にイルミ王女が含み笑いをもらし、リクハルドは何を誤ったのだと青ざめた。


「アイリ・ライハラは放っといても治ります。好きにさせているだけですから────」


 させている────させている(・・・・・)!?



 騎士団長は少女の奇行が懇親者(こんしんしゃ)を亡くしたせいばかりだと思っていた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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