第18話 終止符
文字数 1,925文字
粗末なベッドのせいじゃない。
嫌な風が夜通し吹いて窓外の閉じた鎧戸 を揺らし続けたせいでもない。
その隙間から闇夜が逃げ始めるまでイルミ・ランタサルは一睡も出来なかった。
廊下先の階段そばの部屋に泊まっているアイリ・ライハラと女騎士ヘルカ・ホスティラがずっと騒がしかった。
けれども、今日デアチ国元老院長──サロモン・ラリ・サルコマーとの話し合い如何 でこの大国との開戦となる可能性もありその事が頭から離れずとても寝られなかった。
共に来てくれた若い騎士達やアイリと侍女 ヘリヤは無事に帰さなければならない。
覚悟はしているのでその場で動揺は見せない。決してランタサル王家の立ち振る舞いとして許されない。
ベッドから起き上がり縁に座り込むとイルミ王女は手で髪を整えながら自分にとって何が大切なのだろうと思った。
人に問えば己 の身が大切だと言うだろう。家族が大事だと真っ先に言い切るものもいる。身を粉にして蓄 えた金品や家だと疑いも持たずに答えるものもいるはず。
「私 は────」
いきなり隣室の方で何かがぶつかる音がして王女が顔を振り向けると少女の声が聞こえた。
「来るな、イラ! 成仏しやがれ!」
「こらぁアイリ・ライハラ! そこは王女様の部屋なのだぞ!」
ああ、後の声はホスティラだと王女は思った。何をこんな早朝に、と王女はガウンを羽織りベッドルームを出て隣の部屋に行くと廊下への扉が大きな音と共に揺れた。
「ひぃいいいいっ! しっ、しっ、あっち行けぇ!」
イルミ王女が扉を開くと少女が逆さまになって部屋に転がり込んだ。
「すみません王女様、こやつが夜通し落ち着かなくて」
廊下に立つ女騎士が謝罪するとアイリ・ライハラは急に上半身を起こし尻餅をついたまま部屋の奥に後退 さり何かを遠ざける様に両手を振りまわした。
その様 を眼にしてイルミ王女は驚いた。
アイリは本当に頭が壊れたんだろうか!?
「来るな、イラ! しつこいぞぉ!」
イラの名を耳にし亡きものの幻覚に苛 まれてるのかと王女は歩み寄り手を差し伸べた。
「アイリ──イラ・ヤルヴァは────」
その手をすり抜け少女がベッドルームへ逃げ込むのを見てイルミ王女は廊下との出入り口にいるヘルカ・ホスティラへ振り向いて顔を合わせると女騎士は眉根をしかめ肩をすくめた。
王女がベッドルームの出入り口へ行くと少女はシーツを被って布の隙間から片側の青い瞳で見つめ返していた。
どうやら演技ではないらしい。
「アイリ、話しをしましょう」
そう言って王女はベッドを挟みクッションの縁に腰を下ろした。
「人は大切なものを天に送りだしても心に刻んだ思い出にひたるけれども────」
「すいません。まじ勘弁してください」
イルミは言葉を切って苦笑いを浮かべた。珍しくアイリが叱られた子犬の様にしおらしく素直に認め謝っている。
「その思い出が────」
王女が言葉を続けようとした寸秒いきなり少女が立ち上がり被っていたシーツを高く放り出すとその布が空中で広がり人の形に垂れ下がった。
それを見て王女は眼を丸くして驚き、隣の部屋から様子を見ていた女騎士が王女に離れるように言いながらベッドルームに駆け込み人の形に揺れ動くシーツに飛びかかった。
そのとたんに布が床に落ちてヘルカ・ホスティラは空 すかしを喰らい派手に壁にぶつかり肩を押さえて振り向いた。
「アイリ! 今のは何ですの!?」
イルミ王女に問われアイリ・ライハラは部屋の四方を見回しながら答えた。
「だから──イラ・ヤルヴァだと何度も言ってんじゃん! でも急にあいついなくなった────」
王女は少女が用心深く隣部屋を覗 きに行くのを見守り尋 ねた。
「イラは天に召されなかったのですか?」
問われた少女が振り向いて唇をひん曲げた。
「あいつ馬鹿だから、神様に色んなもの見つかって戻って来たんだ。でも俺を一緒に連れて行こうとするから」
イルミ・ランタサルは胸打たれた。
神や天国の存在を教会同様に疑った事がなかったが、正しきものの死が報 われないのではという子供のころからの葛藤に終止符が打たれただけでなく今日の見参に自信が持てた。
正しき行 いは報 われる。
陽が昇り偽りの服装を脱ぎ捨て、それぞれが故国での立場に相応 しい格好で荷馬車に乗りデアチ国最大のファントマ城の正門──前防城塔の跳ね橋を前にし塔の出窓 から見張る衛兵へ騎士団長リクハルド・ラハナトスが声高に申し出た。
「取次を頼もう! ノーブル国第1公女イルミ・ランタサル妃殿下 が元老院長サロモン・ラリ・サルコマー様にお目通りを願いに参った」
壕 を挟み下ろされてくる黒い跳ね橋の吊り鎖 の重苦しい音がイルミ・ランタサルには黄泉の門が開かれてゆくように思えた。
嫌な風が夜通し吹いて窓外の閉じた
その隙間から闇夜が逃げ始めるまでイルミ・ランタサルは一睡も出来なかった。
廊下先の階段そばの部屋に泊まっているアイリ・ライハラと女騎士ヘルカ・ホスティラがずっと騒がしかった。
けれども、今日デアチ国元老院長──サロモン・ラリ・サルコマーとの話し合い
共に来てくれた若い騎士達やアイリと
覚悟はしているのでその場で動揺は見せない。決してランタサル王家の立ち振る舞いとして許されない。
ベッドから起き上がり縁に座り込むとイルミ王女は手で髪を整えながら自分にとって何が大切なのだろうと思った。
人に問えば
「
いきなり隣室の方で何かがぶつかる音がして王女が顔を振り向けると少女の声が聞こえた。
「来るな、イラ! 成仏しやがれ!」
「こらぁアイリ・ライハラ! そこは王女様の部屋なのだぞ!」
ああ、後の声はホスティラだと王女は思った。何をこんな早朝に、と王女はガウンを羽織りベッドルームを出て隣の部屋に行くと廊下への扉が大きな音と共に揺れた。
「ひぃいいいいっ! しっ、しっ、あっち行けぇ!」
イルミ王女が扉を開くと少女が逆さまになって部屋に転がり込んだ。
「すみません王女様、こやつが夜通し落ち着かなくて」
廊下に立つ女騎士が謝罪するとアイリ・ライハラは急に上半身を起こし尻餅をついたまま部屋の奥に
その
アイリは本当に頭が壊れたんだろうか!?
「来るな、イラ! しつこいぞぉ!」
イラの名を耳にし亡きものの幻覚に
「アイリ──イラ・ヤルヴァは────」
その手をすり抜け少女がベッドルームへ逃げ込むのを見てイルミ王女は廊下との出入り口にいるヘルカ・ホスティラへ振り向いて顔を合わせると女騎士は眉根をしかめ肩をすくめた。
王女がベッドルームの出入り口へ行くと少女はシーツを被って布の隙間から片側の青い瞳で見つめ返していた。
どうやら演技ではないらしい。
「アイリ、話しをしましょう」
そう言って王女はベッドを挟みクッションの縁に腰を下ろした。
「人は大切なものを天に送りだしても心に刻んだ思い出にひたるけれども────」
「すいません。まじ勘弁してください」
イルミは言葉を切って苦笑いを浮かべた。珍しくアイリが叱られた子犬の様にしおらしく素直に認め謝っている。
「その思い出が────」
王女が言葉を続けようとした寸秒いきなり少女が立ち上がり被っていたシーツを高く放り出すとその布が空中で広がり人の形に垂れ下がった。
それを見て王女は眼を丸くして驚き、隣の部屋から様子を見ていた女騎士が王女に離れるように言いながらベッドルームに駆け込み人の形に揺れ動くシーツに飛びかかった。
そのとたんに布が床に落ちてヘルカ・ホスティラは
「アイリ! 今のは何ですの!?」
イルミ王女に問われアイリ・ライハラは部屋の四方を見回しながら答えた。
「だから──イラ・ヤルヴァだと何度も言ってんじゃん! でも急にあいついなくなった────」
王女は少女が用心深く隣部屋を
「イラは天に召されなかったのですか?」
問われた少女が振り向いて唇をひん曲げた。
「あいつ馬鹿だから、神様に色んなもの見つかって戻って来たんだ。でも俺を一緒に連れて行こうとするから」
イルミ・ランタサルは胸打たれた。
神や天国の存在を教会同様に疑った事がなかったが、正しきものの死が
正しき
陽が昇り偽りの服装を脱ぎ捨て、それぞれが故国での立場に
「取次を頼もう! ノーブル国第1公女イルミ・ランタサル