第1話 妄想

文字数 3,161文字

 がたごとがたごと荷馬車が田舎道をゆく。

 2頭立ての粗末な荷台には麻布を被せられた荷物が積まれその後部に女2人──メイド服の侍女(じじょ)のヘリヤ、とイラ・ヤルヴァが向かい合わせに腰を下ろしている。操馬台にも女2人が乗っていた。手綱(たづな)を握るアイリ・ライハラの横に鼻歌を口ずさむイルミ・ランタサル2人が粗末な農婦の様な服を(まと)っていた。

「楽しいわね、アイリ。荷馬車もなれればお尻も痛くないわ」

 陽気に言う王女に、アイリは眉根を寄せ口をひん曲げイルミに聞こえない様に(つぶや)いた。

「楽しんでるのはあんただけだ。それに農婦の格好で尻に不似合いな豪華なクッションを敷いているのもあんただけだ」

 イルミ王女は木々の間に見える畑で働く農家の人々へ顔を巡らせて陽気に言う。

(わたくし)達もあの人達とおんなじ! これなら隣国ウチルイに入っても見まわりに出ている兵に止められることもないでしょう」

 自信あり気に言う王女に、アイリは顔を背けてぼそりと(つぶや)いた。

「農家の荷馬車にメイドが2人も乗ってるのはぜってぇ変だぞ──それに農婦の服着てながら、あんたが被った布で隠した髪がくるんくるんなのもぜってぇ変だ」

 背けた視線で遥か後ろに数台の荷馬車がついて来るのをアイリは見つめ、あいつらも絶対に行商人や農夫に見えねぇと思った。

 イルミ・ランタサルが北の国デアチへ行くと言いだし、城内は大騒ぎになった。止める(みな)を無視する様に準備を進めた王女に騎士団のもの達がついて行くと言いだしそこで王女が怒りだした。農民の格好でお忍びで隣国ウチルイを抜けるというのに台無しだと言い切られ、仕方なく騎士6人が行商人と農民に化けて荷馬車でついて来ていた。

 4台もの荷馬車がかたまって連なるとそれも変だとイルミ王女は騎士達に離れる様に言い渡しそれでご機嫌になった。

御師匠(おししょう)さぁーん! お腹すかないですか?」

 荷物の後ろからイラが陽気に声をかけてきた。アイリは眉間に(しわ)を寄せ言い返した。

「ピクニックじゃねえぞ」

「だってぇ、退屈ですもの。御師匠(おししょう)、ねえ、倒した化け物の話を聞かせてくださいよ!」

 女暗殺者(アサシン)がそう言うと少女の横の我がまま王女が食いついた。

「あら、(わたくし)も聞きたいですわ。アイリ、隠してないですべてお吐き。まずは最初に倒した怪物から」

 ”お吐き”って使い方違うだろぅ! どいつもとアイリは肩をすくめた。

「あれは──7歳の時だったな。親父について(まき)に使う木を伐りに深い森に連れられて行ってもらった時にいきなり親父がばっくれたんだ」

「ばっくれた? 知らばっくれた?」

 少女はイラっときて閉じた口をひん曲げた。

「違うよ! イルミあんた知ってて(ほう)けてるだろ? いなくなったってことだ!」

「でぇ、御師匠(おししょう)森に何がいたんですかぁ?」

 荷物の後ろからイラが尋ねた。

「太った木こりが出た」

「なんだつまんない。怪物ではないのね」

 横で王女が()ねたが、アイリはすまして話を続けた。

「ただの木こりじゃなかったんだ。そいつ俺に立ちはだかってこう言ったんだ」

『お嬢ちゃん、おじさんがいいものを見せてやろう』

「そう言ってその太った木こりが服のボタンを外し始めたんだ」

 横で王女が生唾を呑み込んだのをアイリは気がついていた。

「いきなり、がばっと服を開きやがった」


「見たの!!!?」


 イルミとイラが大きな声でハモったので驚いたアイリは操馬台から横へ落ち掛け王女が服をとっさにつかんで引っ張り上げた。


「見たさぁ!」

 座り直したアイリは得意げに言い放った。


「大きかった!!!?」


 少女は両耳を手でふさぎ横のイルミ王女へ向けた顔でにたぁ~と笑みを浮かべると王女はすました顔でそっぽを向き咳払いをし尋ねた。

「アイリ、包み隠さず見たものを正しく教えなさい!」

 正面を向いた王女が横目にした瞳を爛々(らんらん)としていることにアイリは引きそうになった。横では荷物を乗り越えイラが強ばった顔で見おろしている。こいつらマジかよ!? と思ったが少女は平然と言い切った。

「でかい────」

 王女が、がばっと振り向き、イラが身を乗り出しすぎて操馬台へ落ち掛かった。

「ゴブリンが2匹()せた木こりのお腹にしがみついていやがった!」

 途端(とたん)にイルミ・ランタサルから蹴られてアイリはまた台から転がり落ちそうになり必死で荷台にしがみついた。

「いやぁぁ、そのゴブリンがいきなり襲いかかってきたんで持ってた(おの)でぶっ殺したんだけど、そいつら木こりを脅してそうやって森に来た人を襲っては食っていやがった」

 イルミ王女がそっぽを向き(いや)みたらしく()い上がってきたアイリへ告げた。

「そういうのを針小棒大っていうのよ」

 手綱(たづな)をつかみ直した少女は眼を寄せて意味が違うぞと思ったが口に出してまた蹴られるとかなわないので黙っていた。だけど自分より年上の2人が何に喰いつくかよくわかったのであしらい(やす)いと思った。

 親父の女(あさ)りの話したらウケるぞとニヤニヤしてると行商人荷馬車が追いついてきた。

「王女! 大丈夫でありますか!? その近衛兵副長が反旗を(ひるがえ)したのなら、私が成敗いたします!」

 どう見ても行商人に見えない女騎士ヘルカ・ホスティラが片手で手綱(たづな)を操り、片手に(スキャバード)に収まった(ソード)を振り上げた。

 イルミ王女がアイリの前に顔を突き出しヘルカへ告げた。

「ヘルカ、すごいお話をしてあげましょう」

「なんでありますか、王女様!?」

「青い髪のあるものが父親について森へ(まき)の木を()りに行きました────」

 唖然とするアイリがその後も黙って聞いていると、いきなり女騎士は手綱(たづな)を引っ張り荷馬車を下げて行った。




 農夫の格好で荷馬車を操るリクハルド・ラハナトス騎士団長の横にヘルカ・ホスティラの荷馬車が凄い勢いで下がってきたので騎士団長が尋ねた。

「それ言わんことじゃない。何事もなかっただろう?」

 (うつむ)く女騎士の様子と荷台に乗る騎士が腹を抱えて大笑いしてるのが変だとリクハルドは尋ねた。

「何があった、ヘルカ?」

「ぐっ────愚弄(ぐろう)されました!」

愚弄(ぐろう)??」

「イルミ王女は、我々を────」

 また(うつむ)く女騎士が顔を赤らめていることに気づいた騎士団長の先で女4人の馬車がもめていた。

「ばっ、馬鹿じゃねぇえの!? おっ、俺、あんな話しなかったぞ!」

 アイリが王女に食ってかかっていた。

「誰もあなただとは言ってませんことよ」



「見たものが違うだろ! そういうのを針小棒大って言うんだぁ!」


 横へ顔を向け顔を赤らめた少女が(つばき)を飛ばした。

「あら? 本当に大きい話をしたじゃありませんか」

 ツンとすましたイルミ・ランタサルが少女に告げた。

「全然、違うだろうがぁ! 俺はそんなもん見て悲鳴上げて逃げたりしなかったぞ!」




妄想(もうそう)よ────もう(・・)────そう(・・)、よ」




 何がそう(・・)なんだ! アイリはプリプリ怒って顔を赤らめているせいにしていた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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