第22話 ヴェイパー
文字数 3,225文字
アーウェルサ・パイトニサム──裏 の魔女のキルシは瞳を丸くし目の前で繰り広げられる光景に唖然となった。
騎兵100人と渡り合いそれでも折れないガウレムが想定しなかった速さで応戦していた。
土から生み出し金剛石の強さを与えた奴隷 がマントを振り乱し腕を乱暴に突き両の脚を何度も交差させきりきり舞いしていた。
だがキルシが黒爪を噛み悔しがったのは自分が愕 いていることだった。その理由がガウレムの身体のいたるところから飛び散る火花だった。彼女の知る限り火花は硬いものがぶつかり合わないと生まれない。噴水から出てきてガウレムに立ちふさがった群青髪の少女は細身の剣 しか持ち合わせていなかった。
ならこの多量の火花はなんだ!?
しかも広場には金属どおしがぶつかる甲高い残響が溢 れかえっていた。
さらに残像さえ朧気 にしか残さない群青の少女が人の到達しうる遥か上の速さで動いてるのは明白だと魔女キルシは認めざるえなかった。
これは魔術の類なのか。
あの少女は宮廷付きの魔導師なのか!?
いいや、魔導師風情 が俊敏 な我のガウレムに通じる剣技を持つわけがなかった。いいや、魔術で身体の速さを嵩上 げしているのか!?
キルシは土塊奴隷 の周囲にジグザグに走る青い稲妻のような光を見つめ、あの雷光に確かに見覚えがあると懸命に思いだそうとしていた。
その刹那 、いきなり突き出したガウレムの拳 がまぐれ当たりし、稲妻がいきなり少女の姿に戻るとその小柄な身体が噴水を飛び越え広場の反対側の居館 の渡り廊下へ飛ばされ飾り柱の1つに激しくぶつかった。
「痛っつつつつ──」
石畳にひっくり返り左手で腰をさするアイリ・ライハラが顰 めっ面で瞼 を開くと、頭の上から見下ろす知った顔があった。
「アイリ、敵は手強いのですか? まだこれからですよね」
イルミ王女がにこやかな面 もちで腰に両手をあてそう告げると少女は仰向けのまま食いついた。
「あぁ!? あんたイラの手引きでウルマス国王と逃げてないのか!? それに──これから ってどういう意味だよ!?」
王女の斜め後ろに立つ女暗殺者 が困って顔を逸らした。
「あら? わたくしはそなたを心配して見守りに来たんですよ。決して楽しみに来たのではありませんよ!」
イルミ王女がそう言いながら、腰から離した右手の指を妖しく蠢 かすのを見てアイリは絶句した。そうして少女は両脚を空に振り上げて反動で跳び起きると王女が拍手しイルミ王女とイラ・ヤルヴァに背を向けたまま少女は警告した。
「まだ本気じゃねぇ。だけど近づくなよ」
そう言い終わるとアイリは右手1つで細身の長剣 を振り回し始めた。
その最初の一振りを眼にし、女暗殺者 は顔を強ばらせた。
あまりにも速い少女の剣 の切っ先から霧のようなものが弧を描き筋を曳 き始めた。そうしていきなり太刀 が見えなくなった瞬間それは起きた。
落雷の爆轟のような空気の波動がイラ・ヤルヴァとイルミ王女を激しく揺さぶると、広場中央にある噴水の彫刻柱が粉々に砕け崩れ吹き上がっていた多量の水が瀑布のように反対へ弾け飛んだ。
直後アイリは剣 を振り回すのを止め首を左右に振り関節を数回鳴らしながら壊れた噴水に向かい歩き始めた。
「アイリ! 今の御技 ──スーパー・ソニック・ライトニングですね!」
王女が嬉しそうにそう大声で伝えると、少女は左手を肩の高さに上げ握った拳の中指をつき立てた。そうして壊れ水が噴き出す噴水の池に入り込むとそのまま膝下まである水面に波飛沫 を立てたわりわり歩き渡りきった。
「イラ、たった今、わかりました。あの子、馬鹿ですよ。池を回り込めばいいのに」
王女のからかいを耳にしながら女暗殺者 は引き攣 らせた顔で思った。
いいや、そうじゃない。あいつは敵との間から王女の楯 となってるんだ。イルミ・ランタサル──あんたそれがわからないほど阿呆なのか? それにあの剣技は何なんだ!? あんなに離れた大理石の柱を触れもせずに粉々に打ち砕いた。イルミ王女を自分が襲撃したときにアイリ・ライハラがあれを繰り出していたら自分などバラバラにされていただろう。いいや、居室であれは使えない。天井が落ちみな下敷きになる!
「さあ、イラ! ここではよく見えません。もっと見える場所へ行きますよ!」
軽快に告げたイルミ王女が女暗殺者 の手をとると大きく噴水の池を回り込み始めた。
群青髪の少女が殴り飛ばされた時、魔女キルシは逆に不安になった。
それが直後事実となり噴水を上げていた大理石の柱が爆音と共に崩壊し飛んできた石の破片と水飛沫 を黒爪の少女は浴び、石の破片が頬 を切るとキルシは我に返った。
子供だと思って油断していた。
あれはとんでもない騎士だ。
魔剣の使い手がディルシアクト城にいるとは予想もしなかった。
金剛石の硬さをもつガウレムはそれゆえに弱点がある。
土偶の使役魔では分が悪かった。
広場から後退 り始めたアーウェルサ・パイトニサム──裏 の魔女キルシは勝敗の行方が見えていた。
ガウレムが打ち砕かれる!
池の縁から飛び下りたアイリ・ライハラは自分の方へ向かって歩いてくる蛇頭の彫刻像のような怪物を眼にし、僅 かに顎 を突き出し唇をへの字に曲げ敵を見下した。
お前など、親父のしごきに比べたら足元にも及ばない。
お前の拳 などちっとも怖くない。
親父の投げつける真っ赤に焼けた蹄鉄 に比べたら、ただの拳 だ。硬かろうが速かろうがただの拳 だ。
「ファイブ・ステップ!」
剣 の切っ先を斜め下から振り上げながら軽くステップを踏んで少女のその両脚が残像を曳 き連れ急激に加速した直後、ガウレムは刃 を受けようと両腕を凄まじい速さで顔の前に立てた。
アイリ・ライハラの振り上げた太刀が軽く音の壁を超えた刹那 、爆轟が鳴り響き刃 の左右に空気の水分がヴェイパーとなり広がりその大鎌 が怪物の防御に激突した。
「一撃必殺──」
一瞬でダイヤモンドの輝く破片を撒き散らしガウレムは両の腕を粉砕された。だが少女の放った刃 は金剛石像の顎 の下で寸止めになっていた。
「──なぁんて甘くねぇぞ! 俺を二度も殴りやがって!!」
一瞬で熾烈 に己の肩の引き戻した長剣 のハンドルに左手を添え握りしめるとアイリ・ライハラは歯を食いしばりその刃 を振り下ろした。
響いた爆轟と共に広がったヴェイパーに両脚が砕け飛んだ怪物は、少女を赤く光る双眼で睨 みながら石畳に倒れ仰向けになるとなくした手足の名残りでじたばたともがいた。アイリはその腹に右足を乗せガンガンに蹴り始めた。
「このやろう! このやろう!」
夢中で足を蹴り下ろしていた少女は視線を感じ顔を上げると広場の出入り口へ後退 る長髪の少女と眼が合った。その瞬間、黒爪の少女は固まったように動きを止めた。
いきなりアイリ・ライハラは剣 を振り上げ切っ先をその少女へ向け怒鳴った。
「この阿呆を寄越したのはてめぇだな!」
後退る格好のまま動き止まっていた少女が激しく顔を横に振った。
「嘘つけぇ! お前のその汚なぁい爪が証拠だぁ!」
長髪の少女が口をあんぐりと開き両手を身体の後ろに隠しながらまた後退 り始めた。
「逃がさねぇ!!」
そうアイリは怒鳴りガウレムを片足で踏みつけたまま、両手で長剣 を腰の後ろに振り激烈に前へ振り切ると爆轟と共に広場出入り口上に渡してある回廊がレンガをばら撒きながら轟音と共に屋根ごと崩れ落ちた。
いきなりアイリ・ライハラは頭を叩 かれ喚 きながら振り向いた。
「痛ぁっっ!!」
背後にイルミ・ランタサルが槍 片手に立っていた。
「城を壊すのはおやめ!」
アイリが左手で怪しい少女のいた方を指差し口答えをしようとした瞬間、イルミ王女はもう一発槍 を振り下ろし少女の頭を叩 いた。
「だからおやめと言ってるでしょ」
唇をへの字に曲げアイリ・ライハラはそっぽを向くとその態度に王女からもう一度頭を叩 かれた。
その2人のやり取りを王女の後ろで見ていた女暗殺者 は誰が一番強いのかやっと理解した。
騎兵100人と渡り合いそれでも折れないガウレムが想定しなかった速さで応戦していた。
土から生み出し金剛石の強さを与えた
だがキルシが黒爪を噛み悔しがったのは自分が
ならこの多量の火花はなんだ!?
しかも広場には金属どおしがぶつかる甲高い残響が
さらに残像さえ
これは魔術の類なのか。
あの少女は宮廷付きの魔導師なのか!?
いいや、魔導師
キルシは
その
「痛っつつつつ──」
石畳にひっくり返り左手で腰をさするアイリ・ライハラが
「アイリ、敵は手強いのですか? まだこれからですよね」
イルミ王女がにこやかな
「あぁ!? あんたイラの手引きでウルマス国王と逃げてないのか!? それに──
王女の斜め後ろに立つ女
「あら? わたくしはそなたを心配して見守りに来たんですよ。決して楽しみに来たのではありませんよ!」
イルミ王女がそう言いながら、腰から離した右手の指を妖しく
「まだ本気じゃねぇ。だけど近づくなよ」
そう言い終わるとアイリは右手1つで細身の
その最初の一振りを眼にし、女
あまりにも速い少女の
落雷の爆轟のような空気の波動がイラ・ヤルヴァとイルミ王女を激しく揺さぶると、広場中央にある噴水の彫刻柱が粉々に砕け崩れ吹き上がっていた多量の水が瀑布のように反対へ弾け飛んだ。
直後アイリは
「アイリ! 今の
王女が嬉しそうにそう大声で伝えると、少女は左手を肩の高さに上げ握った拳の中指をつき立てた。そうして壊れ水が噴き出す噴水の池に入り込むとそのまま膝下まである水面に波
「イラ、たった今、わかりました。あの子、馬鹿ですよ。池を回り込めばいいのに」
王女のからかいを耳にしながら女
いいや、そうじゃない。あいつは敵との間から王女の
「さあ、イラ! ここではよく見えません。もっと見える場所へ行きますよ!」
軽快に告げたイルミ王女が女
群青髪の少女が殴り飛ばされた時、魔女キルシは逆に不安になった。
それが直後事実となり噴水を上げていた大理石の柱が爆音と共に崩壊し飛んできた石の破片と水
子供だと思って油断していた。
あれはとんでもない騎士だ。
魔剣の使い手がディルシアクト城にいるとは予想もしなかった。
金剛石の硬さをもつガウレムはそれゆえに弱点がある。
土偶の使役魔では分が悪かった。
広場から
ガウレムが打ち砕かれる!
池の縁から飛び下りたアイリ・ライハラは自分の方へ向かって歩いてくる蛇頭の彫刻像のような怪物を眼にし、
お前など、親父のしごきに比べたら足元にも及ばない。
お前の
親父の投げつける真っ赤に焼けた
「ファイブ・ステップ!」
アイリ・ライハラの振り上げた太刀が軽く音の壁を超えた
「一撃必殺──」
一瞬でダイヤモンドの輝く破片を撒き散らしガウレムは両の腕を粉砕された。だが少女の放った
「──なぁんて甘くねぇぞ! 俺を二度も殴りやがって!!」
一瞬で
響いた爆轟と共に広がったヴェイパーに両脚が砕け飛んだ怪物は、少女を赤く光る双眼で
「このやろう! このやろう!」
夢中で足を蹴り下ろしていた少女は視線を感じ顔を上げると広場の出入り口へ
いきなりアイリ・ライハラは
「この阿呆を寄越したのはてめぇだな!」
後退る格好のまま動き止まっていた少女が激しく顔を横に振った。
「嘘つけぇ! お前のその汚なぁい爪が証拠だぁ!」
長髪の少女が口をあんぐりと開き両手を身体の後ろに隠しながらまた
「逃がさねぇ!!」
そうアイリは怒鳴りガウレムを片足で踏みつけたまま、両手で
いきなりアイリ・ライハラは頭を
「痛ぁっっ!!」
背後にイルミ・ランタサルが
「城を壊すのはおやめ!」
アイリが左手で怪しい少女のいた方を指差し口答えをしようとした瞬間、イルミ王女はもう一発
「だからおやめと言ってるでしょ」
唇をへの字に曲げアイリ・ライハラはそっぽを向くとその態度に王女からもう一度頭を
その2人のやり取りを王女の後ろで見ていた女