第23話 威(おど)し

文字数 1,725文字

 女騎士ヘルカ・ホスティラを先頭にリクハルド・ラハナトスら騎士6人が闘技場(アリーナ)の内壁に開いた瓦礫の(あな)へ駆け込み、我に返ったデアチ国の騎士や兵20人余りが追いかけた。

 だがアイリ・ライハラの魔剣術を眼にした多くの騎士や兵士らは小娘の方が危ないと闘技場(アリーナ)に残った。

 少女は振り向き背後の内壁に広がる兵数を確かめ周囲全部でおおよそ800はいると思った。

 1度にかかって来たらさすがに手に負えない。

 だがその出鼻を(くじ)く方法は幾つかある。

 アイリは長剣(ロングソード)を肩に載せすたすたとイルミ・ランタサルと侍女(じじょ)ヘリヤの方へ歩き通り過ぎた。アイリがどうするのか王女と侍女(じじょ)が不安げな面持ちで顔を向けると少女が横顔で2人に告げた。

「しばらく眼をつむってな。見ると夢見悪くなるぞ」

 そう告げアイリが荷馬車へ()かせた急拵(きゅうごしら)えの荷車へ行くのを見てイルミは侍女(じじょ)ヘリヤを振り向かせ両眼に手のひらをあて(ささや)いた。

「ヘリヤ、騒ぎが起きますが決して見ては駄目ですよ」

 王女は少女が何をするのかわかっていた。

 アイリは荷車に被せた麻布を()ぎ取り台車に片足をかけ大声で叫んだ。


「聴け! デアチ国の兵よ! 愚かな君主に命じられるままに挑まされる兵の末路を見せてやる。お前らが怖れたものすらこうなるのだ!」


 アイリは袋の1つをつかみ長剣(ロングソード)(ブレード)を口に(くわ)え袋からそれ(・・)をつかみ出し力任せに高見座とは真逆の少女正面の内壁前にいる兵士らへ投げつけた。

 その近くの兵ですら投げつけられたものが初めは何かわからなかった。

 それがただの甲冑(アーマー)の一部にしか思えない。

 肩当て(ボールドロン)から連なる上腕当て(リアブレイス)、クーターという(ひじ)当て、前腕当て(ヴァンプレイス)、そして手首や手の甲と指を護るガントレットと呼ぶ籠手(こて)──普通なら投げだされバラバラに分かれるそれぞれが繋がっている。その片腕を護る一式が男どものものよりも細身で、(いばら)薔薇(ばら)の銀のリレーフが施された紫紺の(よろい)

 その持ち主はデアチ国に2人しかいない事に彼らが気づき、その片腕一(そろ)いの意味に気づいた数人が(つぶや)いた。

「嘘だろ──ぉ──」

「ま、マカイの──し、シーデの────テレーゼ・マカイの片腕だぁあああ!!!」

 どよめきと驚愕(きょうがく)が伝染病よりも速く広がり男らは引き抜いている(ソード)を力なく下げていた。

 もうその時には闘技場(アリーナ)の方々に少女が(よろい)の様々な一式を投げつけ多くの男らが金縛りになる中、高見座のデアチ国の元老院の長──サロモン・ラリ・サルコマーが隣に寄り添うように立つ貴族の男に尋ねた。

「あの小娘は何をしておるのじゃ!? 遠すぎて見えぬが献上品として持ってきた財宝をばらまき(みな)を惑わしているのか!?」

 貴族の男は困惑気な面持ちでサルコマーに答えた。

「恐らくは、そうでしょうサルコマー様。あのものは貴金属を──」


「違うわ! よくご覧なさい! 兵士らの(おび)えとうろたえ様を!! (ほとん)どが収める気配もなく(ソード)を下ろしている!!」


 長老を挟み貴族の反対側に立つ全身包帯巻きの背の低いものが大声で指摘した。

「あの青髪の小娘は油断ならぬノーブル国の魔導騎士。兵を(たみ)を惑わすなど指を曲げるほどに簡単狡猾(こうかつ)にこなす。サロモン・ラリ・サルコマー様、惑わされぬ様、お気をつけ()されよ!」

 見下ろす闘技場(アリーナ)中央の荷馬車に(つな)がれた不細工な()き車の荷台に積まれし袋ものがいよいよ少なくなり、その何かをばら()く小娘が高見座正面に片手に2袋下げ近づいて来ると立ち止まり叫んだ。



「やい! そこの糞爺(くそじじい)! お前こいつらに土下座して(ゆる)しを()え!!!」



 そう言うなり少女は片手握る袋を振り回し高見座へと投げ上げサルコマーの周りの近衛兵が防ごうと素早く(ソード)を引き抜き寄り集まった。

 だが2つの袋はサルコマーの座る数段下の観覧席に落ちた。

 刹那(せつな)近衛兵らが露骨な動揺を見せ向ける視線が一カ所に集まった。

「ええい! どけ! 見えぬではないか!!」

 ざわざわとする近衛兵の腕の(あい)に見えたもの。



 口開いた袋から金色(こんじき)の髪を広げ半身(のぞ)くテレーザ・マカイの屈辱に(ゆが)んだ面持ち──濁りきった赤い眼差しがサロモン・ラリ・サルコマーを見つめていた。



 彼は椅子の肘掛けをつぶしそうなほどに指を食い込ませ大声で命じた。



「何をしておるのじゃ! 鳴らせ! 戦いの喇叭(ラッパ)を鳴らせ!! あのものらの首を()ねよ!!!」





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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