第24話 喰らいなさいよ
文字数 1,828文字
怯み誰も出てこない、などアイリ・ライハラは簡単には思っていなかった。
戦喇叭が高見座の近くで鳴らされ少女は顔を巡らせ横と前の兵の動きを見た。
マカイのシーデ姉妹の亡骸は効果絶大で戦闘開始の合図にもかかわらず下げた刃口を上げ奮い立った兵士らは10人に1人。
だが兵士らの合間から真っ先に出て来たのはデアチ国の騎士らだった。騎士だけで40。斬り合いを諦めないのは総勢120余り。
アイリは横顔で後ろにいるイルミ・ランタサルに尋ねた。
「イルミ! やる気あるか!?」
「もちろんですわ! どうするのですアイリ!?」
王女が元気よく返すと、アイリは高見座から踵を返し王女達が使っていた荷馬車へ走りながら王女と侍女ヘリヤに命じた。
「鼻に布を巻いてついて来い! きつく巻けよ!」
少女は荷馬車の車輪に足をかけ素早く荷を被う麻布を引き剥がし荷に駆け上った。そうして王女達が駆けつけ下からアイリを見つめると少女は剣を握ってない手で上がれと手招きし、その手で自分の鼻をつまんだ。
いきなりアイリ・ライハラはしゃがむと顔を背け足元のスモーク・キッパー──燻製鰊が詰まった大人1人楽に入れる大きな酒樽の蓋板を叩き割った。
つまんでいるのに鼻の中に悪意の様な強烈な激痛を感じて少女はたまらず荷物から転げ落ちそうになり登ってきたイルミ王女に支えられ顔を振り向け尋ねた。
「イルミ──お、お前、──はぁはぁ、最初からこうするつもり────はあはあ、で、樽買いしただろぉ────おえぇえええ」
王女は親の敵に剣を振り上げ挑みかかる様な歪みきった顔で眼を輝かせ少女に答えた。
「何を言うのです──げほげほげほ、けっ、献上品──おえぇえええ────さ、差し上げるので、で、すぅ」
突撃喇叭に真っ先に進み出ていた騎士らが鼻をつまめず、慌てて剣を放り出し兜を外し始めたがもたついた十数人はフェイス鍔の中に多量に嘔吐しながら膝を落とした。
荷物の上に王女と少女が立ち上がり、イルミは樽の蓋板をつかみ、アイリは剣の刃口を2人揃って邪悪なものへ突っ込みすくい上げると勢いつけて周囲へぶんぶん投げ始めた。
鼻筋と頬を被うが口元だけ開けたコリント式兜を被った下級の兵らも変わらなかった。口元と鼻穴は直接さわれても鼻をつまむなどできず兜を投げ捨て鼻をつまんだものの腰が抜け、あるものは剣先を砂敷についてしゃがみ込み、立っているものも両膝に手をついて胃の中のものを競うように吐き始めた。
それでも鼻をつまみ苦痛に顔を歪めながら進み出る勇猛果敢なものもいた。
その男らにさらなる悲劇が襲いかかった。
女2人立つ荷馬車へあと馬数頭まで近づくと、燻製鰊の開きがびゅんびゅん飛んできた。
悪魔の汚物が顔に張りついたものは、ことごとく白目をむき後ろにひっくり返り、運良く直撃を受けなくてもいたるところに落ちたそれから立ち上る激臭がまるで壁の様に近づくものの足を止めてしまい誰1人として荷馬車に辿り着けずにいた。
王女イルミ・ランタサルがこれでもかというほど1度に沢山の鰊を板に載せたのでアイリは眼を丸くすると王女は遠く高見座の方を睨み据えた。
細腕を振り回しても届かぬと承知で彼女が身体を捻り腕を振り切った。
闘技場の中が混乱に陥っていた。
兵、騎士1人も荷馬車に辿り着けず弱国の血族の小娘と青髪の小娘が荷馬車に立ち何かをばら撒いていた。それを見つめデアチ国の元老院の長は唸った。
「くぬぅ──何をやっておる!? 女、子どもの数名に我がデアチ国の精鋭が何をやっておるんだ!? キルシ! あいつらは魔術で我が兵団を愚弄しておるのか!?」
サロモン・ラリ・サルコマーの横に立つ包帯だらけのものが吐き捨てた。
「魔術!? あれが魔法!? お戯れを────サルコマー様。ですがあの青髪の小娘を決して侮らぬよう。騎士団の末席からでなく上位騎士を投入なされぬと取り返しつかぬ事に」
宮廷魔術師の助言に元老院長は二の足を踏んだ。
高々これしきのものにこれほども兵を使い、そればかりか上位騎士を使ったとなるとデアチ国元老院が弱国に振り回されたと列強国につけ入られる恐れがある。
どうすべきか────!?
サルコマーが考えあぐねいていると西の大門から黒い甲冑を身につけた騎士が入ってくるのが見え彼は立ち上がり名を呼んだ。
「おお! ナイツ・ツヴァイク!」
直後、荷馬車の上で投げられたものが、追い打ちをかける爆風に打ち上げられ矢のように飛んできた。
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