第29話 眷族(けんぞく)
文字数 1,804文字
守護聖霊────あの魔女はそう思っていたんだ。
何らかの盟約にもとづいて加護されていたら、この身から引き剥がされただろう。
だけどこいつは────。
アイリ・ライハラは胸の谷間に息づく群青の宝玉を意識した。
勢いよく駆け出し両手で頭上から真後ろに向けた大剣を一気に前へ振り下ろした。
逃げ場を失った空気が爆音を轟かせ少女を中心に砂敷が暴風雨のように周囲へ吹き飛んだ。刃口が地面に激突した寸秒、小柄なアイリは反動で一瞬にして浮き上がり剣を引き上げそのまま高見座へと飛ぶと元老院長サロモン・ラリ・サルコマーの座る玉座4段下の客座に着地した。
サルコマーを取り囲んでいた3人の騎士と8人の近衛兵の誰もが逃げないことに少女は振り上げた顔で見つめにやついて告げた。
「ノーブル国リディリィ・リオガ王立騎士団長アイリ・ライハラ見参!」
遠く闘技場中央からまさか手にする大剣の反動1つで高見座の元まで飛び上がるなど想像もしていなかった。
サロモン・ラリ・サルコマーの目前で左膝をつき右膝を立て剣を2段の客座に食い込ませ着地した小娘の青い髪が舞い踊った。
俯いたその小娘が群青の髪を振り上げ青い瞳で睨み据えた瞬間、サルコマーは凍りついた。
「ノーブル国リディリィ・リオガ王立騎士団長アイリ・ライハラ見参!」
こ、こんな小娘が騎士団長だと!?
だが所詮は子ども! 如何様にも懐柔ができる!
「アイリ──アイリ・ライハラと言ったな。そ、そち、ノーブル国の様な弱小国で埋もれる逸材ではない。我が大国デアチ騎士団に入らぬか? 黒の騎士を倒したそちなら剣竜騎士団第2席につけてもよい。報償は大きいぞ。広い敷地の館も授ける」
アイリは小首傾げてみせた。
「報償って幾ら?」
食いついたとサルコマーはにやつきそうなのを抑えて具体的な話を切りだした。
「1億デリ──いいや4億デリを年に払おう」
とたんに少女は鼻で笑った。
「イルミ・ランタサルはその30倍払うと約束してる。残念だったな爺さん」
遠く闘技場中央の荷馬車の上に立つ女が大きなくしゃみをして、小娘が眼を寄せた。
120億デリ!? 嘘だ。あんな弱小国にそんなゆとりがあろうか!?
「よ、400億デリだそう。十年分を先払いにする。どうだ破格の報償だぞ」
大国財宝のすべてに価する金など払えるはずがなかった。サルコマーは懐柔しさえすれば後はなんとでもなると高を括った。
「4000億デリでも買えぬものがあるさ、爺さん。イルミ・ランタサルとは盟友でな。その誓いは4000億デリにも勝る」
言い切った小娘が座席に食い込んだ大剣のハンドルを支えに立ち上がり、大国を牛耳る醜老を冷ややかに見つめ問うた。
「お前は自分の命に幾ら積めるんだ? ────サロモン・ラリ・サルコマー!!」
元老院長はもはや金額云々の話ではなくなっていると悟った。サルコマーは自分の前で尻餅をつきもたれかかる宮廷魔術師の両肩を押し出し告げた。
「自惚れるにも限度があるぞ小娘! 我が総軍を持って捻りつぶ────」
押し出された裏の魔女キルシが震えだし包帯を巻かれた股間から小水をぼたぼたと滴らせ始めるとサルコマーは怒鳴りつけ宮廷魔術師をけしかけた。
「何をしておるか!? さっさとその小娘を焼き払え!」
立ち向かえと命じられても、キルシにはそれができなかった。
眼の前の群青の髪をした小娘を聖霊が守護していたのではない理由にやっと気づいていた。
「む、無理よ──ひ、庇護じゃないなら────こ、こいつ────」
「こいつ自身が雷竜──ノッチス・ルッチス・ベネトス────天界の眷族なのよ!」
サルコマーは雇いたての魔女が血迷ったと思った。腰を抜かししゃがみこんだ裏の魔女とほざいていたものの頭越しに見えたのは、風もないのに踊り上がった小娘の群青の髪。
その端々から放電が広がりだし、元老院長を護るはずの近衛兵や騎士らが後退さりだすとサロモン・ラリ・サルコマーは逃げ場を求め玉座の奥へ身を下げた。
「蛇頭の石像を差し向けイルミ・ランタサルを亡き者にと画策したお前ら────」
アイリ・ライハラは己の身の丈よりも長い剣を右の逆手で石造りの座席から引き抜き抜き振り上げ頭の後ろに目一杯引き下げその刃に髪が広げる放電が集まりだした。
「これでお終いだ」
雷光一撃、音速を超えた刃口が裏の魔女キルシの頭部とデアチ国元老院長の腹部に食い込み爆轟が鳴り響いた。
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