第19話 舌先三寸

文字数 2,109文字


「ま、待ってくれ! 考える余裕────楽しみを先延ばしにしたい!」

 (ソード)振り上げ袖まくりした少女へ右手のひらを向けてテレーゼ・マカイが(たの)むとアイリ・ライハラはそっぽを向いて舌打ちし(つぶや)いた。

「ちっ! この()に及んで、な──にが楽しみを先延ばしに、だぁ! あとちょっとなのに!」



「何か言ったか?」



 テレーゼに問われ、少女はにこやかな顔を振り戻すとだめ押しした。

「試そうぜ。お前が頭丸めるとそこの盗賊らですらメロメロだぞ」

 マカイの片割れは眼を丸くした。

 あんな歳いった終わったような親父連中でさえ目の色を変えるのか!?

 だがムサいあいつらに言い寄られても困る!

 頭を()るのは、美男子が沢山いる街、少なくとも村以上でないと。

「なぁ、()いては仕損じるだろ。そういうことは若い男どもがいるところへ行ってだな──」

 ここにきて四の五のと躊躇(ちゅうちょ)するマカイの片割れにアイリ・ライハラは面倒くさくなり(ソード)を振り回し驚いたテレーゼ・マカイは首をすくめた。

「ダメじゃん! 頭下げたらぁ!」

 少女が抗議するとテレーゼは言い返した。

「お、お前、今、額を狙っただろう!」

「違うよ! かすったから少し髪の毛が切れたけれど」

 既成(きせい)事実だとなおも言いくるめようとするアイリ・ライハラの背後から盗賊らが寄って来てテレーゼ・マカイは思わず苦笑いを浮かべ顔を赤らめた。




 自称山賊王ヤンネ・ヴェンバリは女騎士が少女に命じて残り少ない髪を落としさらに不気味さで手下らを圧倒しようとしてると思った。

「お前ら! あの半坊主の女騎士は虚仮威(こけおど)しだぁ! あの騎士から()っちまえ!」

 首領に命じられ手下ら20人余りが少女を回り込んで女騎士へ迫った。

 だが予想に反して女騎士は盗賊らに顔を向けると驚くには驚いたが、その表情は怯えでなくパッと明るい上気したものに見えてこいつは何を嬉しがっているのだと手下らは変態騎士に戸惑った。

 そこで背を向けていた少女が気がつき女騎士に言っているのが彼らに聞こえた。

「ほらみろ! 髪の毛数本でこうだぞ! ハーレムだぁ! 剃り上げたら手に負えなくなるぞ!」

 ハーレム!? 何が手に負えなくなるんだ、と(にじ)り寄る盗賊らは(ソード)を構えながら困惑した。

「た、確かに、そ、そうだがぁ、ちょっと、こいつら様子が────興奮しすぎじゃないか!? こいつら(ソード)を振り上げているぞ!?」

 苦笑いの女騎士が少女に問いただすのが聞こえていた。

「馬鹿を言え! こいつら愛情表現が下手なんだ!」

 愛情表現!? 盗賊らは(わめ)いた少女の意味を取りかね顔を見合わせ肩をすくめると女騎士へ一気に()りかかった。

 へらへらの女騎士の代わりに男らへ振り向いた少女の青髪が踊り上がり(ソード)が稲妻に変わった寸秒、一瞬で20人の半数が吹き飛んだ。だが倒されてなお群がってくる男らに紫の甲冑(アーマー)の女は(よだれ)を飛ばし笑顔を向けた。

「こ、こいつらぁ! 髪数本で目の色が違うぞ!」

「だぁから、ウハウハのハーレム・ランドって言ったじゃん! 腹を決めろよぉ!」

 少女振り回す(ソード)(かわ)した数人の盗賊らは自分らがまともに相手されていないと思い始めた。だが腐っても盗賊団。社会の底辺でこれ以上逃げ場はないと女騎士に群がった寸秒、その(さら)し首の(ごと)き半坊主の女が口を大きく開いて叫ぶように高笑いした。


 爆轟に(ソード)は折れ、防具は砕け、男らはみな地に(ひざ)を落とし鼻血噴き出しながら前に倒れた。




 岩陰で記憶喪失の娘を抱きしめ乱闘をつぶさに見ていた女異端審問司祭ヘッレヴィ・キュトラは人の戦いじゃないと思った。

 まるで────まるで猿山の乱闘だわ。





「あなたぁ────娘さんだと名乗る方が」

 仕事場に顔を(のぞ)かせた後妻パラメラに声をかけられ鋼を焼き入れしていたクラウス・ライハラは振り上げた右手の金槌(かなづち)を止め破顔した。

「小猿が帰って来たかぁ!」

 アイリの父は道具を放り出し立ち上がると仕事場の出入り口へと小走りに急いだ。

 居間にいたのは4人。愛娘(まなむすめ)はすぐに理解したが、司祭みたいな豪奢(ごうしゃ)な女と、頭に包帯巻いた黒髪のアイリと同じ年頃の娘、それに紫の甲冑(アーマー)(まと)った痩身(そうしん)の女────女だよなぁ。女騎士?

「よう、親父久しぶり!」

 アイリが陽気に声をかけるとクラウスは両手を広げ明るく出迎えた。

「随分と帰らなかったなアイリ。元気そうで父さんは嬉しいよ。聞いていたぞ近衛兵副長に抜擢(ばってき)──」

 陽気な父に娘は声のトーンを下げ割り込んだ。その冷ややかな声にヘッレヴィ・キュトラとテレーゼ・マカイは顔色を曇らせた。

「随分? 誰のせいで足が遠のいたぁ? 3人の美女の1人がこいつかぁ? 女3人と大枚で俺をイルミ・ランタサルに売り飛ばしただろぅ」

 部屋の片側で親子の再開を見ていた苦笑いを浮かべている後妻パラメラへ青髪の少女が片腕を振り上げ見もせずに指さした。

 人、立場(きゅう)すると話をすり替えようとする。とくに発作で出る言葉はもっとも気にしながら無視した現実。


「いやぁ──そりゃぁ──ところでアイリ、お前の護衛の騎士、なんで頭、半禿(はんは)げなんだ!?」


 アイリ・ライハラが流した横目で見たテレーゼ・マカイが両手で頭(まさぐ)り青ざめるを眼にして、焦った少女は瞬時に引き抜いた(ソード)を力まかせに父親へ投げつけた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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