第18話 境界
文字数 1,641文字
アイリとヘルカは足早に宿へ戻り女騎士が二階の部屋の窓を僅かに開き通りの人の流れを見つめた。
アイリが統括官と手下の狼族を倒して四半時(半時間)過ぎているのに騒ぎは起きておらず人の流れは穏やかだった。
「近衛兵や憲兵らしきものらはいないのか?」
外を覗くヘルカに顔を寄せアイリが尋ねた。
「変だ。統括官と言えば最高位のリーダーだ。それが殺されたというのに追っ手の気配がまったくない。アイリ、本当に倒したのは統括官だったのか」
問われ少女は返答に困った。
「あいつ、意のままにどの国でも攻め入るって言っていた。リーダーなのには間違いないよ」
窓外への視線をアイリへ向けヘルカは鼻筋に皺を刻んだ。それを見たアイリは唇を尖らせた。
倒してしまったものは仕方がない。追っ手が来ないことには指揮するやつの見当もつけられなかった。
ヘルカが通りへ視線を戻すとアイリへ手を振り上げた。
「憲兵隊だ!」
ヘルカの覗いている窓の下側からアイリも通りを見下ろした。
5人の武装兵が辺りを執拗に見回して歩いてくる。
「アイリ急げ!あいつらを追うぞ!」
そう持ちかけヘルカは窓から離れ布を巻いた剣をテーブルからつかみ上げたアイリも自分の剣に飛びついた。
2人して階段を駆け下り宿の玄関口の暖簾をそっと開くと憲兵隊の男らが通り過ぎたところだった。
「人にしては殺気が鋭いな」
ぼそりとヘルカが呟いた。
「あいつらも狼族じゃないのか」
そうアイリが囁いた。
「狼が甲冑着て剣を提げるか」
そうヘルカが言い捨てた。
憲兵隊の視線は不審者を捜すというより特定の人物を見つけようとしているように思えた。
「こいつら警邏が終わって報告に戻るだろ。その下っ端主任が連絡にいく上役を追い続ける」
「どうやって?」
「あぁ!? そこいらの剥製屋で狼の被り物を買う」
「化けるのか!?」
問いながら剥製屋に剥製はあるだろうが被り物があるのかとアイリは問いそうになって今、ヘルカに水をさすのはまずいとスルーした。
警邏は歩いてゆく先や横は見回すが後ろはノーマークだった。
1丁もついてゆくと剥製屋があったので2人は駆け込んだ。
ヘルカはすぐに店の奥にあった白狼の剥製を選び、アイリは壁や床に飾ってあるものを探し見たが狼はもうなく、ヘルカが仕方なく選んだ。
「なんか違ってないか? オヤジ、これなんだ?」
「これはコヨーテでございます」
「店主、必要なのは頭だけだ。狼とコヨーテの首を切り落として中身をくりぬいてくれるか。金を払っておくので頼む」
そうヘルカが店の主に頼んでアイリを引っ張り店の遠くにでると警邏は見失いないそうな遠くに離れていた。
「追いつこう」
2人は警備の兵らに忍び寄るように駆け足で追いついた。
まだ警邏の男らは辺りの人通りを見回し移動続けていた。
「やっぱりわたしを捜しているんだ」
そうアイリは女騎士に囁いた。
「ああ、だが馬鹿だよな。こんなに後をついていても気づきもしない」
アイリはふとこの警邏の男らが狼族なのかと疑った。
統括官と秘書は狼女になったが、あの庁舎や市民がすべて狼族だとは限らないのじゃないか。宿屋の女将さんや剥製屋の店主はどうみたって人のようだった。
市民皆が狼族ならもう騒ぎが生半可な状態でなくなっているはずだとアイリは思った。
魔物や獣なら人の気配を過敏に感じ取るだろう。
だが眼の前の兵らは前方と周囲にしか気を配っていない。
魔物が人を使役するなど聞いたこともなかった。
もしかしたらこの兵らが報告にゆく上官やそこからさらに上の指揮官、役人はただの人なのかもしれない。狼族はイルベ連合の上位のほんの一握りの中枢にいる連中。
それをどうやって見分ければいいのかと追い続けていると警邏達は街を一回りして庁舎横の兵舎に戻った。
「アイリ、兵舎に侵入する前に剥製屋に頼んだものを取りにいこう」
兵舎から別な警邏が出てきて、ひそひそ話する2人は顔を逸らした。
素通りしてゆく兵らにアイリはやはりこいつらは狼族じゃないと感じた。
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