第4話 間者(かんじゃ)

文字数 1,817文字

 乱れ駆ける馬脚の群れが丘を駆け上がり軒並み立ち止まるとフードを被った男らが地平線の城と町並みに目を()らした。

「例年ならあの柵を越えるのに四苦八苦するところが柵どころか(せき)が見当たりませんな」

「ノーブルの属国になって緩みきっているな」

「だが索敵には好都合」

 手綱(たづな)叩き四騎の馬は丘陵を駆け下りた。





「で、俺に警備状況が上がってこないのはどういうわけ」

 公衆浴場の出入り口横で腰に巻いた薄布一枚の警備騎士エスコ・リンタラがアイリ・ライハラにされて詰問(きつもん)されていた。

「報告上げてますって──騎士団長、政権交代してすぐにいなくなったじゃないですか。報告はパピルスに書いて騎士団長のお部屋の机に積んでありますって」

「今日の報告は!?」

「警備隊が戻るまで無理っすよ」

 暖簾に腕押しだとアイリは思った。緊張感が足らない。

「イルベ連合の動きは?」

「最近、間者(かんじゃ)を捕らえてないので、向こうも手を出すのを控えているんじゃ」

 密偵(みってい)(しつ)を上げてきているということだとアイリは思った。

「人数を増やし警備の間隔を短く」

 そうアイリが命じた矢先にエスコは問い返した。

(いくさ)でもやるんすか?」


(いくさ)を防ぐんだよ」


 (いくさ)は互いの誤解から起きる。

 その齟齬(そご)を取り除けば(いくさ)は起きない。だろう、かもしれないを払拭すれば────。

 アイリはエスコを解放するとヘルカ・ホスティラの元へと向かった。王妃(おうひ)アグネスの警護を任せられてまだデアチに戻ってないはずだった。騎士として5年あまり先任の経験に(たよ)るのが賢明だった。

 城の中を探し歩くこと半時(はんとき)、中庭で剣技(けんぎ)鍛練(たんれん)をしていて向こうから声をかけてきた。

「やあアイリ! 休み明けには早すぎるじゃないか」

 事情を知らずヘルカは素振りしながら明るく問いかけた。

「あぁ、くるんくるんから変な書簡もらって休みを切り上げたんだ」

「変な書簡?」

「イルベ連合に不審な動きありだってさ」

 ヘルカは(ソード)を下ろし眉根をしかめ説明した。

「イルベの不穏な挙動は今に始まったことじゃない。(ねら)われるならイモルキよりもノーブルだろう────いや、政権の変わったばかりの混乱を突くか」

 (いくさ)が近いような言い方にアイリは不安になった。

「ヘルカ、どうやったら戦争を避けられれる?」

 アイリの問いにヘルカは絶望で返した。

「打算を(くつがえ)さぬかぎりイルベ連合はやってくる。イモルキに迎え撃つ力は今はない。だからと少数でイルベ連合を叩いたところで議会制のイルベ連合を(つぶ)すことはできないんじゃないか」

 イモルキが落とされたら、ノーブルとデアチ、イルブイを巻き込んだイズイ大陸を半分にわった大戦になるとアイリは思った。

 やってられない。

 お子さまなのに大戦全土の大戦の狭間(はざま)にいた。

「アイリ────その時に指揮とれないなら荷物まとめて田舎にお帰り」

 それがヘルカの心遣いと──アイリと考えた。

(いくさ)の準備に入った方がいいんだよな」

 アイリの決意を耳にし女騎士は(うなづ)いた。

「手を貸そう。その時がきたらお前は前衛を(われ)は後衛をまとめる。それで少しは楽になれるだろう」

 あぁ────もう、頭抱え込んで(うめ)きたい心情だとアイリは唇を(とんが)らせた。

 騎士だっていやなのに戦争なんてごめんだ。

「ヘルカ、本当にイルベ連合の議会に攻め込んでもなんともならないのか」

 だめ押しするアイリにヘルカ・ホスティラは苦笑いを浮かべた。





 城下町に入り四人の間者(かんじゃ)は別段見慣れた町並みに王政が交代した混乱を見ることはなかった。

 統治の乱れで浮き足立った指揮系統の端緒(たんしょ)をつかみ取るはずが予想だにしない安定に男らは言葉少なに見て回った。

 市場を見回るパトロールも見かけない。

 警備に手を抜いているのか、市井(しせい)が安定しきっているのかのどちらかだった。

「これは下手(へた)に攻め込めないぞ」

 僧侶の一人がそう告げると騎士二人が(うな)った。

「安定していて騎士や近衛兵を減らしているのかもしれん。夜、酒場でそれとなく聞き込みをしてはどうだろうか?」

 騎士の一人が三人に提案すると男らはそうすることに決め陽が傾くまで城下を見て歩いた。途中一度だけ近衛兵数名を見かけイルベ連合の四人はレストランに入りやり過ごした。

 そこの店のマスターに政権が代わって商売の方はどうだと(たず)ねると景気は上々だと愛想良く教えた。

 酒場へと場を移すために暗くなった城下町を歩いていると帯刀した青髪の小娘と背の高い女に遭遇した。


 近衛兵ではないとすれ違おうとした矢先に(ソード)を下げた背の高い女に四人は呼び止められた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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