第1話 予兆

文字数 1,724文字

 屈託(くったく)ない。

 野に出て(わず)かな時を共にしただけで少女がどうして教区司教や教皇(きょうこう)様を勃然(ぼつぜん)とさせてしまったのか皆目見当(かいもくけんとう)がつかないと元異端審問官のヘッレヴィ・キュトラは考え続けていた。

 裏表があり隠した腹積もりがあるとは到底思えない。

 アイリ・ライハラは幌馬車(ほろばしゃ)の荷台に寝そべって鼻歌を歌い続けていた。

「アイリ、貴君は剣竜騎士団のリーダーとなり、その先どうするつもりなのだ?」

 ヘッレヴィの問いに少女は鼻歌を中断し小さく(うな)った。

「騎士団長から先?」

「ああ、そうだ。王家の一員になりたいとか上を目指しているのか?」


「投げだす。面倒くさいもん。お家に帰って親父の仕事を手伝うよ」


 あぁなんと素朴な(たみ)なのだ、と元異端審問官は感じた。

 財宝を手にするとか、家臣(かしん)になり王家にすり寄ろうとかいった欲がない。

 この無欲の(きよ)さゆえイルミ・ランタサル王妃(おうひ)は身近においていたのかもしれないとヘッレヴィは実感した。それに騎士に有りがちな血生臭さがないのもいい。

 恐らくはそう多く命を奪ってはいないのだろう。

「アイリ、貴君はどれくらい倒したんだい?」

 少女が眼を寄せ考え込んだ。それを見つめ元異端審問官は簡単に数えきれないほどなのかと不安が(よぎ)った。


「う──ん、1000は越してるけれど2000には届かないよ」


 1000人!? 強豪の騎士でも他の兵を倒すのは数百と聞く。それを2000に届かない!? アイリ・ライハラの手は血に染まり抜いているのか? とてもそうは見えない。

 普通、多くの命を奪うと物事に無関心になり茫洋(ぼうよう)となるものだが、アイリは少女そのものだった。

「どこの国の兵を多く倒したの?」

「デアチの兵と騎士、あと元老院なんとかの爺さんと黒爪の魔女」

 ヘッレヴィ・キュトラは困惑した。自国の兵が1000も倒されたら騎士でなくとも自分の耳に入ってくる。だがその様な事は聞いた事がない。

 それじゃあ、少女が兵によくいる手合いで、自分の腕や手柄(てがら)をしたり顔で大袈裟に語る手合いなのか。いいや、まったくそう見えない。この子の口からどうだ凄いだろうといった話はまだ耳にしてない。

「うちの兵をそんなにどこで?」

「うーん、このデアチのお城から半日馬で走った野原。叫び声で斬りつける双子の女騎士が連れてた騎兵30人ちょっとと、その前に盗賊を13人ぐらい」

 ヘッレヴィ・キュトラは困惑した。40余り? まあ2000に届かないと少女は言ったがそれではまるで大風呂敷ではないか。

「残りの900人以上はどこで倒した? 闘技場(アリーナ)では貴君は騎士や兵と斬り合っていないのだろう?」

 いきなりアイリが上半身を起こしてヘッレヴィ・キュトラに眉根をしかめてみせ問い返した。

「はあ? 900人ってなんだよ? それじゃあまるで俺、連続人殺しみたいじゃん」

「えっ? 1000越してるって貴君が言ったんだぞ」

 少女がため息をもらし両肩を落とし(つぶや)いた。

「それって魔物倒した数だよ。多過ぎて覚えてないんだ」

 なんだ魔物なの────えっ!? 魔物を1000匹!? 兵士倒すより大事じゃないの! 元異端審問官は眼を丸くした。


「あ、アイリ──貴君ん────ど、どれくらい大きな魔物と渡りあった事があるのぉ?」


 (たず)ねたヘッレヴィ・キュトラが裏返って変な声で尋ねたので少女は驚いて引いてしまった。

「1番大きいのは親父が相手したダンジョン183階層の三首(みつくび)竜。俺っちが相手したのは71階層のタラスコン」

 聞くからに獰猛(どうもう)そうな名前に元異端審問官は少女に尋ねた。

「た、タラスコン────?」

「あぁ、ちょっとした小屋2軒分ぐらいの大トカゲ。人を見かけると食いたさから溶岩だって渡ってくる何でも喰らい」

 溶岩を渡ってくる大トカゲ!? ヘッレヴィ・キュトラは身体抱きしめ身震いした。

 元異端審問官は少女をじっと見つめ、もしかしたらこのものは、教皇(きょうこう)を前にしてもまったく(ひる)まないような気がした。

 きっと、それゆえに教皇(きょうこう)か地区司教がお怒りになられたのかもしれないと彼女は思った。

 だがこの先訪れるハヒゥランタの街の(たみ)がそれを知ったらアイリ・ライハラに投石するぐらいでは済みそうにない。


 あそこは熱狂的な信者が多い街なのだ。


 ヘッレヴィ・キュトラは嵐の予感を抱いた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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