第27話 猿ことながら

文字数 2,248文字

 振り向いた村人らの歓迎にアイリ・ライハラは両腕振り上げ1歩後退(あとず)さってしまった。

「こ、こいつ、や、山猿だぁ!」

 1番近いふくよか過ぎる男が裏返りそうな声で指摘し寸秒、アイリは大股で素早く歩きよりいきなり殴りその村人は顔を横に(ねじ)って歯が飛んだ。

 その男が両膝(りょうひざ)を地面に落とし白眼()いて前に倒れると見ていた数人の村人が息を呑んで人垣(ひとがき)がさらに割れ広がった。

「小猿だの山猿だの言いやがって──」

 アイリはぶつぶつと吐き捨て半壊した自分の家に歩き寄ると(きのこ)の山になったヘッレヴィ・キュトラを前に困惑するとクラウス・ライハラが恐るおそる問いかけた。

「こ──小猿────なのか?」


「小さくねぇし、猿じゃねぇ!」


 怒鳴られ父は確かに小さくはないがと息を呑んだ。自分の娘がいきなり大人の女になって戻ってきたらそこいらの父親は驚くだろうが!? 大人の女────!? まさか、そっちの方も経験してきたのか、と手を差し伸べ言おうとして後が怖いので言葉を呑んだ。

 そんな父の思いも知らずして、これで足りるのかとアイリは皮袋を持ち上げた。

 あの神(もど)きの精霊は池の水を持って行くように(さと)したが、家の大きさに膨れ上がった(きのこ)の山のヘッレヴィ・キュトラに満遍(まんべん)なくかけることができそうにない。

 色とりどりの大小の(きのこ)がびっしりと並び生えている。そのどれもの傘からぬらぬらと光沢のある粘液が垂れ落ちていた。

「ひえぇぇぇ、触りたくねぇ──」

 ぼそりと(つぶや)いたアイリはふと精霊に湖水をかけろとは言われたが、全体にかけろと言われなかったことを思いだした。

 本当に効果あるんだろうか、と思いながらアイリ・ライハラは水袋を(きのこ)の山の1番高そうな所へ投げ上げた。

 ぼっとんと(きのこ)の傘に乗った膨れた皮袋は破れるどころか口を閉じた(ひも)も緩まずに刺激を受けた(きのこ)が急に大きくなり、水袋がころころと地面まで転がり落ちてきた。

 それをアイリとクラウスらはじ────っと見つめ、父が娘に尋ねた。

「それを投げ上げれば効果があるのか? 袋が触れたところがさらに悪くなったぞ」

「そうじゃねぇよ! 中の水をぶっかけたいんだ!」

 アイリが苛つき言い返すと父がぼそりと指摘した。

「水をかけると(きのこ)はもっと成長するぞ」

「いいんだよ! 精霊が湖の水をかけたら元に戻せると言ったんだよ!」

 なら、転がり落ちた水袋をさっさと拾い上げ(きのこ)の山にかければいいのにとクラウスは顔をしかめている娘を見て思った。

 しばらく()があいてもアイリが動こうとしないのでクラウスは声をかけた。

「どうした!? 水袋はそこにあるぞ」

 (きのこ)から離れた場所に転がり落ちている皮の袋を指さした。

「うぅぅぅぅ──ぅ」

 アイリが袋を見つめたまま動こうとしないので、クラウスはまた声をかけた。

「早くした方がいい。時間がたてばたつほどお前の友は戻せなくなるかもしれない」

「う、うるせぇなぁ! 黙ってろトド親父!」


 (きのこ)に触れた皮袋がぬらぬらてらてらしてるので気持ち悪くて触れねぇ────。


 どうする!? もたもたしてたら村の連中が本当に火をつけてヘッレヴィはお(しま)いになってしまう。

 アイリ・ライハラが震える指を伸ばし(きのこ)の近くに落ちている皮袋をつかもうとした寸秒、袋に刃口(ポイント)が突き立ち袋を()ね飛ばした。

 唖然としたアイリが顔を横に向けると後妻の1人──アガータが細身の長剣(ロングソード)を振り上げていた。

 回転しながら高く飛び上がった裂けた皮袋から湖水が広がり群生の(きのこ)に降りかかり、魔物のいたるところから水蒸気が立ち上り始めた。

 高いものから急激に萎縮(いしゅく)していく(きのこ)が家の中に消え去りアイリは用心深く足を踏み入れると父の作業場の残骸の中央に素っ裸のヘッレヴィ・キュトラが座り込んでいた。

 瓦礫(がれき)を踏む音に異端審問司祭が顔を上げアイリと顔を合わせると両手を伸ばし立ち上がった。

「助けてくれたんですね──アイリ────ですよね!? ちょっと大人びて見えるけれどアイリ・ライハラです──よね?」

 だがアイリはヘッレヴィを見つめ顔を引き()らせ出した足を戻した。

「ど、どうして避けるのですか、身長が高く見えるアイリ!?」

「み、見えるんじゃなくてほんとに高いんだぞ! お、お前ぇ、素っ裸でぬらぬらじゃん!」

「あら!?」

 ヘッレヴィは倒れている甲冑(アーマー)(あわ)てて身につけ始めた。

 瓦礫(がれき)に立ち残る半壊の壁の陰から着慣れない甲冑(アーマー)姿でぎこちなくヘッレヴィが出てきて(みな)に謝った。

「おさがわせして申し訳ございませんでした。壊した家は────」

 だが誰も甲冑(アーマー)姿のヘッレヴィを気にしていなかった。


 アイリ・ライハラが父親クラウスに詰め寄っていた。


「──だいたいなんで俺を小猿とか呼ぶんだぁ! トド親父のせいで小さい時から村の連中にも山猿だの小猿だの言われるんだぞ!」

 怒鳴りつけ父親の胸ぐらをつかんだアイリは片腕を遠巻きに見守る村人らへ向けて指さした。

 今や上背で勝る娘に詰め寄られクラウスは苦笑いを浮かべポロリと(つぶや)いた。

「だが、赤ん坊の──お前ぇ──を──持って来たのが────」

 持って来た!? 父親が口にし始めた話に不安が膨れ上がりアイリは片眉を吊り上げ唇をねじ曲げた。



「──牝猿(めすざる)だったんだぞ」



 いきなりアイリ・ライハラはヤンキー座りで頭を抱え込んで(わめ)いた。

「ど、ど腐れトドめ! ど変態がぁ! お、お前ぇ、こともあろうか、猿にまで手を出してたのかぁ!?」

「い、いいや! それは違う────」

 それを聞いていた村人らからどよめき後ろ指さすような冷ややかな(ささや)きが広がりクラウス・ライハラは青ざめた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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