第11話 問答

文字数 1,482文字


「ひどい────」

 荷台の献上品にもたれかかったアイリ・ライハラが(つぶや)いた途端にイルミ・ランタサルが笑い声を上げ手綱(たづな)を握るイラ・ヤルヴァが苦笑いした。

「あなたがあまりにもふがいないからです」

「それでもあんな臭いもの首に下げるなんて」

 少女が口を(とが)らせ自分の服の匂いをスンスンと嗅いだ。

「我々の攻守の(かなめ)であるお前がたかだか食べ物にそんなに振り回されてどうするの」

「その食べ物に、わたしが操馬台(コーチ)にいる間、イルミは端っこぎりぎりに逃げてたじゃん」

「それは──ちょっと風に当たりたかったからです」

 アイリは白けた眼で前に座るイルミ王女を(にら)みつけ思った。

 ちきしょう、この糞女(くそおんな)はもう駄目だぁ!

「イルミ、あんたデアチ国の元老院の──サロモン・ラリ・サルコマーにわざわざ嫌がらせしに行くなんて大丈夫なのかよ」

 少女に問われイルミ王女は事実を有り(てい)に語った。

「その老いぼれは、事もあろうか我が父と我を亡き者にしてノーブル国を食い物にしようとしたのですよ────」

「だから嫌がらせなのですか?」

 聞いたのはアイリでなく2人の命を狙った刺客(しきゃく)であったイラだった。

「お前達、仕えながらに、嫌がらせ、嫌がらせと口を(そろ)えなんと心得る。そこいらの底意地悪い女主人の様な事はしません。デアチへは宣戦布告をしに行くのです」

 はっきりと言い切ったイルミ王女へイラは驚いて顔を振り向け、後ろでは少女が両腕を振り上げ顔を引き()らせていた。

 デアチと宣戦布告。

 単純に国の規模で倍以上の北の大国のデアチとまた大戦を構えれば、ノーブル国は前回の10日間戦争の様に奇跡的に(しりぞ)けるなど不可能。それを知らぬはずはないと手綱(たづな)を握りしめたイラは横に座るイルミ・ランタサルを見つめながら思い(つぶや)いた。

「無謀──です」

 それに王女が反論した。

「時に獅子は草食動物の逆襲に尾を巻き逃げだす事もありましょう。大切な事は刃向かう意思表明と意表を突く事で手だしが危険だと認識させる事なのです」

 荷台に寝そべり少女は腕組みして考えた。

 鼻先を一発殴って相手が逃げだせば、確かに王女の言うとおりになるだろうけれど、相手はデアチ──どこへも逃げられない国なのだ。もしもデアチが開き直ったならどうなるだろう?

 ウチルイや周辺国をけしかけ、数日でノーブル国に攻め入るだろう。

 それはもう、数人の兵や騎士同士のいざこざで済むレベルでない。

 多くの人が傷つき死ぬことになる。

 そこまでゆくと、誰が最初になど、お構いなしだ。きっかけなんて見向きもしない。たとえ最初にウチルイやデアチが手出ししたところで結末は多くの民の不幸に(つな)がる。

 それを回避させてこそ、民を考える主君の務めなのではないか。

 口実を見つけイルミ王女を引き返させる事ができないかとアイリは思った。

 言いだしたら絶対に退()かないイルミ・ランタサルの(ほお)(はた)いてでも気がつかせる事ができないか。

 アイリは荷物にそっくり返り荷台の後ろに座る侍女(じじょ)ヘリヤ越しに後ろの荷馬車をじっと見つめ考えた。


 熱く語り説得できるねじ曲がった事の大っ嫌いな奴がいるじゃん!



 その寸秒、後ろの荷馬車の操馬台(コーチ)手綱(たづな)を握る女騎士ヘルカ・ホスティラが大きなくしゃみをした。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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