第20話 血の盟約

文字数 2,526文字

「ぶち殺すぞてめぇ!!!」


 静粛(せいしゅく)と集まった視線。

 アイリ・ライハラはしつこいイラ・ヤルヴァへ怒鳴った自分の言葉が場の大切な何かをぶち壊したと直感で悟った。

 半身振り向いているイルミ・ランタサルが今にも顔を真っ赤にして交渉を台無しにしたことを(なじ)り始めるものだと怖じ気づいた。

 腕をつかんでいる女騎士ヘルカ・ホスティラが組み伏せて殴りかかる。高座で偉そうにくだくだ言ってるどこぞの(じじい)が非難の声を浴びせる。そんなあれやこれらが駆け回る(にわとり)のように少女の頭をかき乱した。

 まずい──まずい!────やっちまった────取り返しのつかない────────ええぇ?



 眼の前で振り向いている驚いたイルミが顔をくしゃくしゃにして涙をぽろぽろ流し始めた。



 アイリはそんなに大切なものを暴言でぶち壊したのかと冷や汗がどっと吹き出し苦笑いのを浮かべた瞬間、ヘルカにつかまれていた手を引き寄せられ少女の耳元に顔を下げた女騎士が(ささや)いた。


「でかしたぞアイリ・ライハラ。貴公それでこそ王女様の兵だ」


 でかした!? それでこそ!? 兵は今更(いまさら)否定しないけれど皆目見当がつかないと少女は眼を(しばた)いた。

 アイリはふとイルミやヘルカに合わせてそっちの方向で突っ走れば誰からも怒られずに済むのかと開き直った。

「黙って聞いてりゃ好き勝手な事並べやがって! お天道様はお見通しだぞ!」

 状況が飲み込めていない少女は適当な事を大声で言い散らすとイルミが歩いて来てアイリの自由な方の手を両手で握り締め問うた。



「ついに(わたくし)のために本気で戦ってくれるんですね」



 本気で戦う!?

 いやそうつもりでは──とアイリは身を引いて否定しようと思ったが、片手を王女にしっかり握りしめられ、もう片腕は屈強な女騎士ががっしりつかんで身動きがとれない。このままイルミ王女に口裏を合わせる方が穏便(おんびん)に事が運ぶのではと思った。

「イルミ・ランタサル! お前らしくねぇ! どうした!? いつもの様に本音を浴びせろ! 口先に鋭さを見せろ! お前の望む様にしろ! 俺がお前を守り抜いてみせる!」

 (うなづ)いたイルミ王女を眼にしてアイリは間違っていないと胸をなで下ろした。その直後いきなり王女は少女から片手を放しヘルカ・ホスティラの腰もののハンドルへ手を伸ばし一気に長剣(ロングソード)を引き抜いた。

 アイリはそれを眼にしてぎょっとなった。イルミが怒って斬りつけるのかと思ったが、雰囲気が違うと感じた。じゃあその(ソード)を何に使うんだぁ!?


 イルミ王女は胸の前で両手で(ソード)を握りしめその(ソード)を鼻の正面に切っ先を天空へ向け勢いよく振り上げ澄み切った声で言い切った。


臣従儀礼(しんじゅうぎれい)()り行います」


 臣従儀礼(しんじゅうぎれい)? 何だそりゃぁ!? アイリ・ライハラは意味がわからずに成り行きで(うなづ)いてしまった。


「アイリ──(わたくし)の前で両(ひざ)を地に着き(こうべ)を垂れ両手の指を組み握りしめよ」

 少女は懺悔(ざんげ)でもさせるのだとイルミ王女を前に両(ひざ)を曲げ砂敷(さじき)につけ両手を太ももにつけ正面で指を絡め握りしめた。

「この場においてランタサル王家と新たなるリディリィ・リオガ王立騎士団員との臣従儀礼(オマージュ)を執り行う!」

 騎士団員!? ちょっとまて! 話がおかしな方へいってるぞとアイリは顔を引き()らせ、宣言したイルミ王女は鼻先に構えた(ソード)の切っ先をアイリの右肩へ滑るように下ろし(やいば)を寝かせ平たい部分中央に走る(フーラー)中間を少女の華奢(きゃしゃ)な右肩に載せた。

「アイリ・ライハラ、(なんじ)何時如何(いついかなる)時、場所においても我がノーブル国王家と(たみ)(ソード)(シールド)となり忠誠と名誉と騎士道に忠実たる一人としてその命果てる時まで尽くす事を誓いますか?」

 臣従儀礼(しんじゅうぎれい)って騎士に任命する儀式じゃん! どうしよう!? 大変な事になってる! アイリ・ライハラは眼を(およ)がせた。

「────」

 何とか言いわけてこの状況から逃げようと頭を引っ掻き回すアイリが無言でイルミ王女を見つめていると彼女が喉を鳴らして返事を催促(さいそく)し少女は思わず生返事をした。

「ええ────っと」

 アイリが歯切れ悪く声をだすとイルミ・ランタサルがそれを逆手に取った。

「ええ──了承ですね! ならば(なんじ)を我が統治国ノーブルの守護ミナーヴァ神の元において命じる! 貴公をランタサル王立リディリィ・リオガ騎士団第1騎士として血の盟約を授ける! (おもて)上げよアイリ・ライハラ」

 第1騎士!!!

 それって騎士団長じゃん!!!

 少女が取り消そうと口をパクパクと開き声を出しかかった刹那(せつな)、1つしか違わぬ若き王族イルミ・ランタサルがいきなり少女の肩に載せた長剣(ロングソード)(やいば)に左親指を当て引いた。その指から血の雫が(ブレード)を伝い流れ少女は(あわ)てて肩に載った長剣(ロングソード)(やいば)をつかみ左手の親指を切ってしまった。

 流れ伝う2つの血が盟約を(さず)け、イルミ・ランタサルは手指(たく)みに長剣(ロングソード)のハンドルを回転させ片手で(ブレード)を支えその握り手を少女へと差し出した。

 アイリ・ライハラは(ソード)授け見下ろすイルミ・ランタサル王女の瞳が静かに燃えていると思った。

 あぁああ、ここまで来て言い逃れなんかできねぇ!

 群青髪の少女が長剣(ロングソード)をひったくるようにつかむといずれ王妃となる女が事もなげに命じた。

「アイリ・ライハラ。あの不貞の者共を殲滅(せんめつ)せよ」



「できるかぁ!!!」



 暴言を返し立ち上がったアイリ・ライハラが苦笑いを浮かべたのをイルミ・ランタサルは見つめ微笑みを浮かべランタサル王室史上一番若い騎士へ差し伸べた手を振り上げ背を向けていた高座のデアチ国元老院長老サロモン・ラリ・サルコマーへ振り向き指さした。


「我が統治ノーブル国を弱小の国と舐めてかかったが亡国の証し。思い知るがよい。我が王立リディリィ・リオガ騎士団1人が万の兵に匹敵する7名──軍事大国の無礼なる気候のみならずその君主、兵残らず蹴散らしてくれようぞ。奈落に墜ちよサロモン・ラリ・サルコマー!」


 万の兵だぁ!? ああ! 馬鹿イルミ・ランタサル! その場の勢いで大戦の口火を切りやがった!!


 髪ほどに顔色を青くした少女はこうなった発端(ほったん)を振り返り(にら)みつけた。

『御師匠様、今更(いまさら)ですよ! がんばってね~~~ぇ』

 イラ・ヤルヴァ! てめぇ王女とグルじゃないのか!!



 女騎士ヘルカ・ホスティラの横でふらふらと浮かび手を振る元女暗殺者(アサシン)へアイリ・ライハラは左手の中指を突きだした。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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