第11話 魔女なんかでは──

文字数 1,671文字


 周りうろつく野良猫を片っ端にひっつかみ、牛よりも大きな魔物へ投げつける。

 飛びついた猫が引っ掻くわ、噛みつくわでガーゴイルよりも醜悪な魔物がキリキリ舞いしていた。

 この街がおかしいのは住人の過度な信仰心のせいだとアイリ・ライハラは思っていた。

 だけど魔物1匹潜り込んでいたとなると、(かん)ぐりたくなる。

 少女は両手に丸々とした大きめの猫の襟首(えりくび)をつかみひょいと怪物へ(ほう)る。飛んでゆく先に四つ足を突き出ししがみつくものを求め猫が爪を全開にしていた。

 少女は猫らを引き連れ夜をあかす場所を探し歩いていて、元異端審問官と話していたあの変態のおっさんが怪物に豹変するのを見てしまった。

 宿屋の前で話しかけてきた時はただのドすけべぇなおっさんだと思っていた。



 見分けがつかねぇ!



 顔に猫を食らってひっくり返った屋根落ちが顔を上げ怪物の騒乱を見るなりアイリの方へ足をもつれさせながら逃げてきて文句を言い放った。

「わ、(われ)に、ち、畜生を投げつけましたね、アイリ・ライハラ!」

「お前が間に立ってると猫を投げつけ難いんだよ!」

 ヘッレヴィ・キュトラも魔物かと少女は思ったがそうではないらしいととりあえずその件は保留にした。

「どうして人の沢山いる間近にいながら人を襲わないのだろう?」

 猫をポイポイ投げながら少女は元役人に問いかけると怖いことを言われた。

「周りすべても同じように人に成りすました魔物だからかしら?」

 住人すべてが魔物だと大変だぞ! ヘッレヴィを連れて早々に逃げ出さないと取り囲まれたら終わりだ。街人(まちびと)の数は少なくても数千人はいる。それに対して短剣2本しか持たないから太刀打ちできねぇ、と少女は危機感を抱いた。

 怪物はサイクロプス並みの筋肉が(わざわい)して、(おのれ)(からだ)隅々には手が届かず猫らにいいように引っ掻き回され(うな)り続けていた。

 でも街人(まちびと)すべてが魔物なら変だぞとアイリはふと思った。

 魔物が人に成りすましても、家の中をきちんと整え、普通の食材を備蓄したりはしない。宿屋には食堂があり、街の1軒に忍び込んだら食べ物もあったんだ。

「そんなはずねぇ! 魔物が人の真似しても人と同じように暮らしたりできねぇよ!」

「じゃあ、数匹が(まぎ)れ込んでいるのかしら────」

 ヘッレヴィ・キュトラに言われそれはそれで面倒だとアイリは思った。

「数匹が街人(まちびと)を少しずつ襲って食っていてもいずれ誰かが気づいて騒ぎになんだろ」

 アイリに指摘されヘッレヴィは市民の異常な魔女への拒否反応と関係あるような気がした。宗派の違う異教徒の間でも魔女や魔物じみた人は不満のはけ口の対象となる。

 いきなり少女が(もが)き苦しむ魔物の方へ腕振り上げ指さした。

「行けぇ! あいつの(また)ぐらに木天蓼(またたび)があるぞ!」

 アイリが大声で命じると2人の周りにうろうろしている猫らが一斉に駆け出しヘッレヴィ・キュトラは顔を引き()らせ眼を丸くした。

「うははははっ、いいぞぉ行けお前らぁ!」

 野良猫を言いなりに操ってる!

 魔女は(けもの)を自在に操れるとされている。

 こ、この子────やっぱり本当は魔女じゃないのかと元異端審問官は引いてしまい少女から数歩離れ(たず)ねた。

「あ、アイリ、貴君、猫を自由に操れるの?」

「ん!? 操ってはいないんだけど──あいつら木天蓼(またたび)だぁって教えるとそっちに駆けだすんだぁ」

 ま・た・た・び! 確か、猫の(たぐい)は抗えない魅力を感じると聞いたことがあるが────いいや、そんなわけはない! 畜生が人の言葉を理解するわけない。

 ヘッレヴィ・キュトラはいきなり魔物と離れた家の角に立てられた(たる)へ腕振り上げ指さし怒鳴った。

「ほらごらん! あそこに丸まるとした木天蓼(またたび)が!」



 いきなり魔物に群がっている猫らが(たる)へ駆けだし元異端審問官は(あご)落とし唖然となった。



「あっ、馬鹿! 魔物が自由になっちまうじゃん!」

 アイリがそう非難する矢先に怪物が逃げだしジャンプして通り沿いの家の屋根を跳び越えた。

 少女が振り向いてヘッレヴィ・キュトラを(にら)むと彼女が弁解した。

「わ、(われ)は────魔女なんかじゃ──」



「猫使いの役人落ち」

 ぼそりとアイリが付け足した。





ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み