第22話 憤(いきどお)り

文字数 1,628文字

 自由を奪い閉じ込めていたアイリ・ライハラが触手を焼き切り下りてきた。

 なにもかも天の恩恵(おんけい)で切り抜ける能なしの小娘め!

 臓腑(ぞうふ)を次々に吐き出しながら(ほの)かに明るい(あお)い光り目指し躊躇(ちゅうちょ)なく進み出る。

 闇の王との盟約で得た力もあの光りの中では急激に()れる。それを朦朧(もうろう)とする意識で承知しながらアーウェルサ・パイトニサム()の魔女のキルシは形定まらぬ(からだ)を前にだす。

 アイリ・ライハラと蛮族の女戦士を取り囲む数多(あまた)の触手は天の後光に近づくことがままならず、奴らの動きを制約する程度の役にしかたっていなかった。

 それでもアイリ・ライハラは(ソード)を抜きゆっくりとこちらに向かい脚を繰りだしていた。

 あの小娘めを破滅させれれば魂を(はえ)の王────ベルゼビュートへ差し出しても構わないとミルヤミ・キルシは朧気(おぼろげ)に思った。

 どのみち人の(からだ)に戻れるかはかなり怪しかった。

 このまま怪物としてイルブイの村々を手始めにイズイ大陸を襲いまくり闇の大陸に変えてしまうか。

 そう考えるとキルシは不快な気分が幾分(やわ)らいだような気がした。

 このぶよぶよの粘着質な小屋よりも大きくなった暴食の(からだ)はどこの感覚をとっても苦痛と不快しかなかった。

 もしも悪魔に神経が通っていたらこのどこまでも不愉快な痛覚が裏返しで歓喜に小躍りするのだろうか。

 闇に生き死を標榜する魔界の1人としていつかは()れて感情さえも腐臭ただようものになれるだろう。



 その一里塚がアイリ・ライハラだと裏の魔女は思った。



 あれを喰らい、あれの血を(すす)り、あれを汚物まみれにするのは(われ)だと走馬灯のように何度も思い臓腑(ぞうふ)の魔物は2人の見えるそばまで(くず)れるように流れついた。





 暗がりの奥からべちゃべちゃと音がはっきり聞こえてくると、臓腑(ぞうふ)の化け物の輪郭だけでなく細部が見えてきた。

 大きさが小屋4(むね)ほどもでかくなった魔物はもはや元が少女だったなど想像もできないとヒルダ・ヌルメラは思った。

「あ、アイリ殿ぉおお、でかくなってますよ────でかく────」

「ああ、大きいな。だがタラスコンほどだよ」

 た、タラスコン──迷宮の人喰い大蜥蜴(おおとかげ)

 そうだ。アイリ・ライハラは迷宮でタラスコンを何頭も倒したと本人から耳にしたことがあった。

 いいや、蜥蜴(とかげ)と比べてはいけない! 眼の前のこの化け物は火を吹くわけでもないが、攻めようがないのだ。

 アイリ・ライハラは怪物に成り果てた魔女と向かいあった直後、正面に(ソード)構えたまま右へと脚を繰りだし回り込み始めた。

 泡を食ったようにヒルダ・ヌルメラも少女を追い右へと回り込んでゆく。



 あろうことか臓腑(ぞうふ)の化け物はアイリらの回り込む方へ形(くず)れるように成りを変えてゆく。



「見て理解して判断するのなら────まだキルシの意識が残っているんだろうな」

 回り込むのを止めてアイリが言い切った。

「アイリ殿ぉ、サイクロプスでも獲物の方へ振り向きますよ!」

 アイリが斜め上を仰ぎ見て無言でいることにヒルダは余計な口出しだったと(あご)を落とした。

 そんなにこの下手物(げてもの)の中にミルヤミ・キルシが隠れていると思いたいのかとヒルダは(あご)を落としたままおろおろした。

 魔女が中でたくさんの(ひも)を操ってこのぶよぶよを動かしているのをヒルダは想像し(かぶり)振った。

 それまでアイリ・ライハラの(あお)い光りの広がる外にいた触手らが一線を越えて入り始め、光りの下で太い蚯蚓(みみず)のようなものが派手に煙りを立ち上らせだした。

「本気────だしてきたな」

 周囲で起きてる異変に戸惑う素振りもみせずアイリが化け物の本体を(にら)み据えながら言い捨てた。

 ああ、ぐちゃぐちゃの汚物のようなあの魔物に()り込むんだとヒルダは生唾(なまつば)を呑み込んだ。

 かろうじて見える様々な臓腑(ぞうふ)が、まるで絡み合う(うじ)の大群に思えてヒルダは震えが走った。

 気のせいか臓腑(ぞうふ)の山が1馬身ほど近寄ってきているような気がするとヒルダ・ヌルメラは眼を()らした。



 (うごめ)く触手だけでなく(くず)れ垂れた臓腑(ぞうふ)の端が群青の光りの中に入り込み派手に煙りを立ち上らせ火がついた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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