第9話 思いだせません

文字数 2,139文字


 かぁ──かぁ──、とうるさい。

 首の皮膚を()まみ引っ張られ、いきなり(まぶた)にまで食らいつかれた。

 あぁ────なんてことするんだぁ!

 手を振り上げ目を開けると驚いて飛び逃げる十数羽の黒い翼が羽ばたくのを見てなんでこんなに(からす)がいるのだと少女(もど)きは考えようとして酷い頭痛に顳顬(こめかみ)痙攣(けいれん)した。

 (まぶた)を1度閉じるとまた羽ばたきが聞こえ、追い払おうとそのまま片腕を力なく振りまわした。

 (ほお)をもぞもぞと()う何かを指で摘まみ取り薄目を開くと丸まるとした(うじ)だった。

 ため息をもらし、横たわったまま顔を横に向けると肉を残した骸骨(がいこつ)やまだ死んで間もない遺体(いたい)がごろごろと山積みになっているのが目についた。


 あぁ、ここは────そうだ──遺体捨て場だわ。


 遺体捨て場。(いくさ)で多くの死人が出たり、貧しい市民が身近なものを埋葬もできずに投棄する一角。周囲は壁で囲われ野犬の侵入はなかったが、空からの出入りは自由の腐り場だった。

 なんでこんな生臭い死臭の満ち溢れた場所で寝てるのだと似非(えせ)少女は眉根をしかめた。


 あぁ、そうだわ。頭半分を砕かれ絶命したのだ。


 徐々に記憶が下りてくると、頭を突き刺された経緯(いきさつ)が走馬灯のように意識に巡り始めた。

 包帯巻きという怪しい容姿ながら宮廷魔術師として元老院に()し抱えられ、あの糞ったれな王女と率いる騎士らに復讐する時間稼ぎをしていたんだ。

 野良犬のうろつく野っぱらに縛ったまま放置した長身の大きな女騎士の言葉がリフレインのように蘇り真似て口ずさんだ。


「楽しみな────」


 楽しんださ。野良犬十数匹に噛みつかれ皮膚が裂け肉を噛み千切られ幸いに食い切られた(なわ)のお陰で噛み盗られた指を殴って犬から取り戻した。

 それから農家に忍び込み熊のように家人を襲い喰らい、汚れた包帯を手に入れ、デアチ国城都に行くために(ほうき)にまたがったんだ。

 宮廷魔術師に(やと)われながらどうして頭半分を失ったんだろう。

 かぁ──かぁ──、とええいうるさい!

 腕を立て上半身を起こし(おのれ)(からだ)を見つめると包帯の(ほとん)どが血で染まりミイラ男より酷いとため息()らすとまだ新しく柔らかい肉だとばかりに(からす)数羽が寄ってきて腕を振りまわし追い払った。

 頭半分を失いこうやって動きだせるのも、悪魔との(ちぎ)りがあっての物種だった。

 魔女なんて五十歩百歩。サバトに集まる連中の(ほとん)どが低級悪魔と契約を取り交わしている。そんな魔物と使役(しえき)関係を結んでも搾取(さくしゅ)されるだけで意味がない。

 上級悪魔となら、こうして死んでもあっさりと蘇ることができる。まあ半端ない数の魂を(みつ)いでいる見返りなのだがと意識が鮮明になってくる。


 なんだかむかつく。


 蘇りの副作用は決して気持ちよいものではないこと。だがそんな(からだ)の気持ち悪さではない。


 理由はあの長身の女騎士かと思いかけ違うのだと直感が(ささや)いた。

 闘技場(アリーナ)の光景が意識に蘇ってくる。

 この(われ)屈辱(くつじょく)と恐怖に(ひる)んだんだ。



 そうだわ。



 あの天空の眷族(けんぞく)に太刀打ちできないと代償に命(あきら)めた。あの小娘が守護契約で護られてると早合点していた。だがあれは守護精霊の力ではなく天上人(てんじょうびと)(つるぎ)そのもの。

 あの小娘が高見座まで跳び上がりサロモン・ラリ・サルコマー元老院長もろとも(われ)を刺し殺したのだ。


 怒り込み上げてくると力が(みなぎ)った。


 (ソード)で頭砕かれる前にあの小娘にかけた呪い。

 いくら眷族(けんぞく)でも抗えずに幾らばかりかの意趣返しができたと似非(えせ)少女は目を細めた。



 お前自身が魔女として人々に疑いかけられる。



 むかつきが幾ばくか治まり、ミルヤミ・キルシが立ち上がるとぼとぼとと脳が落ち少女(もど)きは(あわ)てて頭の傷口を黒爪の指で押さえ、落ちた脳に(からす)が群がり寄ってきて(ついば)みだすと裏の魔女は腹立ちにそれを蹴散らし思った。

 なんでむかついてるんだっけ?





 宿屋からペット同伴はお断りだと追い出された。

 アイリ・ライハラは黒猫の首筋を摘まみぶら下げ暗い通りに立ち途方に暮れていた。

 まいったなぁ。

 こんな野良のせいで街中で猫使いの魔女と追い立てられてるのに、宿屋から閉めだされた。

 しばらくそうして立ってると小太りの町人のおっさんが通りを歩いてきた。うかつにも少女は暗がりに隠れるのが遅れ何食わぬ顔で立ってやり過ごそうとするとそのおっさんがアイリの顔を見ながら通り過ぎニヤニヤし戻ってきて尋ねた。

「お嬢ちゃん、商売してるの? 幾らだい?」


 アイリ・ライハラはむかついてぶら下げていた猫を振り上げた。


「投げつけんぞ、おっさん!」

 急にそのおっさんは思いだしたように吐き捨てた。

「ひぃいいい! 猫使いの魔女だぁ!」

 ぶら下げている時点で気づかんかい、あほぅ!

 (わめ)きながらおっさんが走り逃げると少女は鼻に(しわ)を刻んで道に野良猫を(ほう)り出した。

 そうしてくるんと着地した黒猫をアイリは腰に手を当て見ているとその猫がすたすたと歩きより少女の足元にまとわりついた。

「勘弁してくれよ。お前を枕に路地裏で寝るなんてごめんだからさぁ」

「なぁ────ごぉ」

 野良が一鳴きすると通り向かいの家の暗がりで小さな一対の瞳が光りだしそれにアイリは気がついて見つめ続けた。

「うっ────冗談だろぉ」

 少女が(つぶや)くとその輝きが二対、三対と増え始めアイリ・ライハラは後退(あとず)さった。



 それに引かれるように野良猫がぞろぞろと出てきた。





ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み