第19話 帰還(きかん)

文字数 1,849文字

 母と死に別れたのはずっと前の幼少期だった。

 あんまり記憶にないと思っていたのに────(あふ)れだした涙が止まらなかった。

 黄泉に墜ちたから母と出会ったのかとアイリ・ライハラは思った。

「さあ、元気をだして背筋を伸ばして」

 そう(ささや)かれアイリは(かぶり)振った。

「駄目だよ。勝てないんだ。またすぐに────」

 アイリの肩越しに母ユリアナが右腕伸ばし地面を指さした。

 するとアイリが顔落とす先の地面に砂の波紋が広がった。そして少しずれた場所に別な波紋が現れ二つの波紋が波を重ね、さらに三つめの波紋の中心が先の二つの中心から三角形の頂点をつくる位置に新たな波紋を生みだした。

 その三カ所から押し寄せる波紋が重なる中央に明瞭な部分のない場所が現れた。

 それをじっと見つめていたアイリは波紋があの赤毛の三人組の気配だと唐突(とうとつ)に気づき唖然となった。


 三人が影響し合って襲ってくる太刀筋(たちすじ)を読ませない場所を生みだしているんだ。


 だから殺気を全開で開放していたんだ。



 三人の中央から外れるだけで攻撃を見きれる!



「やはり、あなたは賢い子ですね」

 そう告げ母親が抱きしめていた腕を解くとアイリ・ライハラは顔を上げ振り向いた。

母様(かぁさま)────」

 朧気(おぼろげ)に迷いの森の(きり)に溶け込む母ユリアナの姿が見えた。

「どうしたのだ!? 貴君は誰と話しているのだ!?」

 ヘルカ・ホスティラに問われアイリは顔を振り戻した。

「なんでもない。それよりヘルカ、あの赤毛の三人組を倒せるぞ」

 ヘルカが眼を丸くした。たった今まで涙ぽろぽろ落としていた少女の変わりように驚いた。

「ど、どうやって?」

「あの三人組は力の気配をぶつけ合って中央で消して相手に読ませないようにしてるんだ」

「は────ぁ?」

 ヘルカのわかったようなそうでないような(なま)返事にアイリは(しび)れ切らし立ち上がるともっと簡単に説明した。

「三人組の真ん中から外れると攻撃が見えるようになるんだ」

 それを聞いてポンとヘルカは手を打った。

「なるほど! 一人を徹底的に(たた)けばいいんですね」

 それでいいはずだったが、アイリは何かがいけないと気がついた。

 一人を倒しに行っても太刀筋(たちすじ)を読めなかったんだ。何がまずいのかとアイリは考え込んだ。だがそれも(わず)かな時間で気づいた。

「一人で三人倒そうとするから取り囲まれるんだ。三人でかかって一人が赤毛騎士一人を倒せばいいんだ」

「わかりました! さっそく戻ってあの三人組を倒しましょう!」

 アイリは眼を細めヘルカ・ホスティラを見つめぼそりと(つぶや)いた。

「お前────ここから抜けだすことしか頭にねぇな!」

 それを聞いて女騎士は一瞬眼を(およ)がせ、胸を張った。


「いえ、あの幽霊のような騎士らを倒すことを真剣に考えています────早く現世に帰りましょうよ」


 怪しいと思いながらアイリは現世への門を感じる方へ歩き始めるとヘルカ・ホスティラは(あわ)てて追いついた。





 一人だとアグネスをとてもじゃないが護りきれなかったとテレーゼは思った。

 アイリ倒されたあとノッチが近衛兵居館(パレス)から駆けつけ手を貸してくれた。

 だがテレーゼは困惑した。ノッチは倒されたアイリを見ても(あわ)てる風でなく怒りも見せず襲いかかる赤毛の三騎士と打ち合っていた。

 死んでも戻ってくると割り切っているのか。


姉様(あねさま)! こいつしぶといよ」


 (いぶ)し銀の甲冑(アーマー)を身につけた騎士が双刀(そうとう)使いの騎士へ大声で言っているのがテレーゼには聞こえた。爆速の剣技(けんぎ)(ほこ)るノッチと()り結んでいるのだ。そう易々(やすやす)と倒されるわけがない。

 アグネスとテレーゼらは相手にされず赤毛の三人組はノッチに集中し()り結んでいる。

 そのノッチが()され後退(あとず)さってきた時にテレーゼは()うた。

「ノッチ、お前、押し返せるのになぜあいつらを倒さないんだ!?」

「倒すとアイリ・ライハラが戻った時、あいつ気落ちするだろ」

 寸秒、三人組が同時にノッチへ(やいば)打ち込んできてノッチは双刀(そうとう)で押し返した。

 そのやり取りを聞いていたアグネスがテレーゼに(たず)ねた。

「テレーゼさん、アイリさん殺されたんですよ。それが戻るって────どういうことなのですか?」


「待たせたな、お前ら!」


 振り向いたアグネス・ヨークはアイリ・ライハラとヘルカがそこにいることに(おどろ)きノッチの方へ振り返りアイリの遺体がなくなっていることに眼を丸くした。

 だが(おどろ)いたのはアグネスだけではなかった。


 (あか)の三連火と呼ばれるイモルキ最強の女騎士らがノッチと打ち合いながら無傷のアイリ・ライハラを盗み見て同時に同じことを思った。



 ()り落としたはずの首が繋がっている!





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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