第9話 回廊(かいろう)

文字数 1,926文字

「────という場所なのです」

 イルミ・ランタサルの説明にリディリィ・リオガ王立騎士団第3位騎士は鳴りそうなお腹を腹筋で黙らせたものの思わず口にした。

(はし)無き果てしなき迷宮────食べ物が────氷しかない」

 せめて魚とまで贅沢は言わぬ。海草でも我慢してみせる。このときとばかりにダイエットに(いそ)しんでみせよう。

 だが氷だけは勘弁してくれ!

 空腹をワインで満たすより酷いぞ!

 (よわい)21歳のヘルカ・ホスティラは秤量攻(ひょうりょうぜ)めより酷いものは世の中にないと────────。

「──聞いているのですかヘルカ!? (ソード)先で氷の床を(たがや)すのはお止めなさい。何をそんなに怒っているのです!?」

「失礼しました。魔女の仕打ちに腹立ちを──」

 言いながらヘルカ・ホスティラは床に何度も(ブレード)先端を食い込ませた。


「だから剣先(ポイント)で床をでこぼこにするのはお止めなさいと言ってます」


王妃(おうひ)様ぁ、兵站(へいたん)の危機です。魔女のこの(ねぐら)ぁ、生きてゆくのに必要な食べ物がまったく(・・・・)ありません」

「氷があります」

 (よわい)21歳の女騎士はどん引きしてしまった。これはパワーハラスメントなのか!? 王妃(おうひ)様は(われ)(うら)みでもあるのか!?

 その面もちを見てイルミ・ランタサルが付け加えた。

「こんなところに長居(ながい)するつもりはありません。魔女を片付ければ美味しい食事と酒が待っています」


「どこへでも付いて行きます!」


 それを見聞きしてアイリ・ライハラはヘルカが犬に思えた。王妃(おうひ)にいいように『待て』を仕込まれている。その点、自分は猫だと思う。()びない。我がままは通す。嫌いなものには猫パンチ。

「────イリ──壁を(たた)くのはお止めなさい」

 ぺし、ぺし、ばしっ!

高々(たかだか)魔女のこしらえた迷宮。魔物がいないだけでも感謝しなさい」

 にゅん! 猫口のままアイリ・ライハラは振り向いて王妃(おうひ)を中の指でゆびさした。

「フラグ立てるなよ。魔物が出てくるじゃん!」

 イルミ・ランタサルは右頬(みぎほほ)を引き()らせ両腕を振り上げたもののすぐに冷静さを取り戻した。

「二手に分かれて廊下を左右に行きましょう。通過する部屋数を数えるのですよ」

 イルミがそう提案し王妃(おうひ)とヘルカ・ホスティラ、それにアイリが1グループ。テレーゼ・マカイとノッチが1組みとなった。

 2つの集団が逆方向に進み始めて19部屋で互いが元のところに戻って鉢合(はちあ)わせとなった。

「行き来できるのは38部屋分ということになるわ。魔女の魔法が悪さをしてるなら何の目的があるのでしょう?」

 イルミが誰にとなく問うとまずヘルカが応えた。

「飢え死にするのを待っているんです。秤量(ひょうりょう)攻めですよ」

「我々に(ソード)で互角以上の銀眼の魔女がどうして飢え死にを待つのです?」

 イルミが指摘するとアイリが意見した。

「追い込んで俺たちが仲違(なかたが)いするのを待っているんだ」

 それにテレーゼがつないだ。

仲違(なかたが)いしても誰も魔女に組しないでしょうに、不和にする意味がわかりませんよ」

 直後にノッチが恐ろしい意見を述べた。

「弱らせて1人ひとり(いたぶ)って殺してゆくんだろう。あれはそういう手合いだ。それよりもこの無限回廊の(ごと)き防波堤は集中力を通路の先や部屋へ向けることが狙いだ。どこが弱いと思う?」

 ノッチに言われイルミ・ランタサルはすぐに気づいた。

「通路の壁ですね。空の部屋や廊下は気を引くためのただの飾り。疲弊させるのが狙い」

 そうなのかとアイリとテレーゼ・マカイはそれぞれ視線を通路の壁に沿わせ、ヘルカ・ホスティラだけが理解できずに眼を(およ)がせた。

「かたっぱなしに壁を壊すか」

 そうテレーゼが提案するとアイリが(ソード)引き抜いて腕をぶんぶんに振り回し始めた。(ブレード)刃口(きっさき)から(かす)かな水蒸気が少女の周囲を踊り回り始めるとアイリ・ライハラは(きり)のリボンを廊下の先へ振り下ろした。

 轟音が(あふ)れ通路の壁が奥に向かい連続して砕けそれが無限回廊を通り抜け(みな)の反対側から迫り部屋2つ手前で壁の裂け目が止まり爆風が抜けていった。

(みんな)で一周回ってみましょう。裂け目が壁を打ち抜いたかもしれません」

 そう言ってイルミ・ランタサルが歩き始めるとヘルカ・ホスティラが追い抜いて(ソード)を抜いて先頭を歩きだした。

「アイリ、そなたのその剣技(けんぎ)、この魔女の一件が落ち着いたら(われ)に教えてくれませんか」

 テレーゼに言われアイリは困惑した。

「大したことやってないよ。ただブン回しどこかに向けるだけで何でも壊れる。お前が叫んで相手をズタボロにするのとあんまり変わんねぇ。それより叫ぶだけでどうして(よろい)(たて)を砕くことができるのかその方が不思議で教えてもらいたいぐらいだ」

「それはですね────」

 テレーゼが言いかけた寸秒ヘルカ・ホスティラが壁の穴を見つけ駆け寄った刹那(せつな)、穴から急に出てきた銀眼の魔女と鍔迫(つばぜ)り合いになり(みな)はパニックになった。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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