第10話 勾引(かどわ)かし

文字数 1,709文字

 正直言って王妃(おうひ)イルミ・ランタサルの前を行く荷役(にやく)の馬に女騎士ヘルカ・ホスティラは注意を払ってはいなかった。

 その馬の前にはアイリの馬がおり、王妃(おうひ)の反対側には女剣士ウルスラがいる。むしろ注意を払うべきはイルミ・ランタサルの後ろに付くアイリの主人ノッチ・ライハラの方が防御に関して不安要素だった。

 短兵急に王妃(おうひ)乗る馬が竿立ちになるのと荷役(にやく)の馬の(くら)に積まれた荷物の上に立ち上がる人陰が同時に眼に入った。

 荷物の上に広がった踊る白髪にヘルカは唖然となったのも寸秒、腰の(スキャバード)から長剣(ロングソード)を引き抜き振り上げて自分の馬を荷役(にやく)のそれにけしかけた。

 反対側からもウルスラが抜刀(ばっとう)しアイリ乗る馬が()くそれに一気に詰め寄るのが見えていた。

 アイリは気づくのが遅れ振り向くのが見えて、それでは白髪の暗殺者(アサシン)はどこから接敵したのだとヘルカ・ホスティラは意識の隅に疑念が膨れ上がった。

 素手の女に()りかかるのは気が引けたが、昨夜の襲撃で腕を()り落とされたのだと女騎士は爆発するように荷役(にやく)の馬に立ち上がった白髪の女へ一気に(ブレード)を振り下ろした。

 その素手であるはずの女が胸の前で交差させた腕を左右に振り上げるとまるで氷細工の(ごと)長剣(ロングソード)が握られており、ヘルカとウルスラが打ちだした(ソード)を凄まじい金属音を響かせ容易(たやす)く跳ね返した。

 男でも押し切る剛腕の(ソード)をたかが片腕で女が弾き返したことが信じられず、それでも弾かれた(ソード)を勢い使い1度引き上半身を思いっきり(ひね)り横から振り抜いた。

 ウルスラが同じように弾かれた勢いで(ソード)を背後へ1回転させ斜め下からその白髪の女へ(ブレード)振り上げるのが見えていたのはヘルカの歴戦の積み重ねからだった。

 2度目の猛攻をまた意図も簡単に弾き返した女が竿立ちになった王妃(おうひ)の馬へ両腕に構えた2口(ふたふり)長剣(ロングソード)を凄まじい速さで踊らせるのが見えその(やいば)が急激に馬1頭身分も伸びる異様な光景に、ヘルカ・ホスティラはどうすることもできぬ自分に腹立ちを覚えながら弾かれた(ソード)を今、1度、完全に引ききり振り出す直前に王妃(おうひ)の乗る馬が首を落とされイルミ・ランタサルが弾き落とされた。

 完全に(ソード)を引き最大の勢い持って()りかかれば討ち勝つとヘルカは腕と上半身の(ひね)りを利かせた太刀筋(たちすじ)で長髪の白い髪を異様に踊らせる女暗殺者(アサシン)へと三度(みたび)襲いかかった。


 (ソード)激突した一閃(いっせん)(ブレード)が中間から折れ飛び地面から上半身起こしかかった王妃(おうひ)へと飛ぶのが見えてヘルカは青ざめ、予備の普通の長さの(ソード)を引き抜いた。


 白い長髪の女暗殺者(アサシン)はいい加減に両腕の氷のような(ソード)を振り回しているのではなくウルスラとヘルカが振るうタイミングの違う左右の(ソード)に正確に合わせ踊らせた。

 ヘルカは襲いかかった女が魔女などという姑息(こそく)な相手ではないと思った。

 戦場(いくさば)でも十二分に通じる剣豪だと感じた。

 何よりも不気味なのは紫の口元が吊り上がっているように見えること。

 まるで()り合いを楽しんでいるかの(ごと)き精神がまともではないとヘルカに思わせたのと、荷役(にやく)馬を()いていた馬からアイリが飛び移って来るのが同時だった。

 少女に遅れてなるかと、一旦(いったん)は離れた怯える馬の腹を蹴り込み襲撃者立つ馬へと向かわせヘルカは予備の(ソード)を振り抜いた。

 アイリと女剣士ウルスラ、それに(われ)(ソード)を同時に(さば)くことなぞできぬとヘルカは満身の力を込め後ろから振り上げた(ブレード)を白い長髪の女へと振り下ろした。

 暗殺者(アサシン)の女は(くら)に積まれた荷物の狭い場所で横に1回転し、3人の(ブレード)を弾き返した。

 直後、ウルスラ・ヴァルティアが叫び声を上げ長髪の白い髪が一斉にヘルカの方へ(なび)き跳ね上がった。

「貴様の1の得物(えもの)はその呪いの声だな!」

 そう荷物の上に立つ女が女剣士ウルスラへ言い切り次に高速(ファースト・)詠唱(チャンティング)を唱え術式の名を唱えた。

「────氷華!」

 白髪の女が恐ろしい速さで振り上げた手で頭の後ろに回した氷の(ソード)でアイリ・ライハラの(ブレード)受け止めた刹那(せつな)、そこに少女の身長ほどもある氷の華が広がった。

 その花弁が一気にさらに膨れ上がり少女を呑み込むと閉じて氷の(つぼみ)になった。



「ヘルカ! ウルスラ! その女を逃がさないで! アイリが(さら)われます!!」



 そうイルミ・ランタサルが警告した直後、飛び上がった女襲撃者は荷役(にやく)馬の(たてがみ)に吸い込まれ姿を消した。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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