第11話 暗雲

文字数 1,832文字

 厨房(ちゅうぼう)の勝手口を突然開き入ってきたフード深めに被った男の容姿に店の(あるじ)はまず眼がゆき、次にその男が右手に構えるスクラマサクス(:一般的な西洋剣よりやや短めの剣)を一瞬見つめ炒めものをしていた大鍋から手を放し木株で作ったまな板に乗せた菜切り包丁の()に手を伸ばした。

 素早く(あるじ)の左手首をつかみそれを(ひね)り上げ背後に回り込んだ男は店主の前に回した右手で喉元にスクラマサクスの(ブレード)を押し当てた。

「静かにしろ。さすれば命はとらん!」

「きょ、今日は客が少ないんだ。金は少ししか──」

 (あるじ)は短剣を持った男が強盗だと思った。

「金は盗らん。言うことを聞けば店の女給仕やきさまの家族の命は奪わない」

 そう言って男は店主の(ひね)り上げていた左手から手を放しその調理人の顔の前に(こぶし)大の皮袋を突き出した。

「店に(ソード)を下げた3人の女客が来ている。そいつらの食い物に袋の粉を混ぜて出せ」

 (あるじ)は毒盛りの片棒をかつがされるのかと生唾(なまつば)を呑み込んで抵抗した。

「こ、殺しの片棒など────」

 背後の男が(かす)かに鼻で笑った。

「心配するな。死毒ではない。ただの(しび)れ薬だ」

 店主はそれを鵜呑みにするほど愚かではなかった。もしも死人がでて役人の取り調べで食事に原因があるとされたら提供した自分も家族も死罪となることを危惧(きぐ)した。

「できぬ──客の信頼を────」



「ああ、面倒になってきた。お前の首を()いて俺が料理を作ってもいいんだ。事が終わったら真っ先に女給仕を殺しお前の家に行って家族全員の首を()ってやる」



 こいつが口先でないと店主は思い覚悟して皮袋をつかんだ。

 寸秒、喉元の(ブレード)が外され背後の男が勝手口まで後退(あとず)さった。

「では、店の外で効果を確かめさせてもらう」

 店主が振り向いた時には半開きの扉に男の姿はなかった。





 肉、肉、肉料理────。

 お盆に載せられ運ばれてくる様々な肉料理にアイリ・ライハラは引いてしまった。

「お前ら、肉ばっか食ったら夜寝られねぇぞ」

 そうアイリが言うとイルブイ国騎士団総大将のヒルダ・ヌルメラが切ったステーキをほおばりながら野菜をつつくアイリに言い返した。

「なにを(おっしゃ)るのですかアイリ殿。そんな時は男漁(おとこあさ)りに行くに決まってるじゃないですか」

 それを聞いてアイリは眼を細めて唇をひん曲げぼそりと言い返した。

「俺ぁ、お子様だぁ。男漁(おとこあさ)りなんて行くかぁ!」

 手羽先をもりもり食べる女剣士ウルスラ・ヴァルティアがすました顔でアイリに言い聞かせようとした。

「そこらへんの手ほどきをしてもいいと思いますよ」

 プチトマトを口に放り込んだアイリがぎょっとなってテレーゼ・マカイへと顔を振り向け抗議した。

「そんな知識いらぁん! ウルスラ、お前もっと野菜食え!」

 言い放つアイリの前に給仕がどんと子豚の丸焼きを置いて足早に厨房カウンターへと去って行った。



「おらぁアイリ! 次の店行くぞ! 次ぃ!」

 両腕を気炎上げるヒルダとテレーゼに(かつ)がれへべれけのアイリはぼそぼそ(つぶや)いた。

「うぅぅ────ホストはもういらんからぁ────」



 想像に鳥肌立ってアイリは(かぶり)振って唇から垂れたドレッシングを腕で(ぬぐ)った。

 ふとアイリは思った。こいつらの生き場所は戦場(いくさば)しかなかったんだ。俺が親父の手伝いで鍛冶屋仕事をするずっと前から、こいつらは()り合ってきたんだ。そうでない時は羽目はずしだったっていいじゃないか────。生きてることを謳歌(おうか)してもいいじゃないか。

 アイリは薄い一切れの豚肉の炙りものを口にしてさらに思った。

 なら同じ考え方で()の魔女のキルシも赦せるんじゃないか。

 魔法に興味をもったささいなきっかけからその道に突っ走り多くの皇族や騎士、(たみ)から恐れられるまでになったのは魔女として白い目で見られ迫害を受けてきたからかもしれない。根は優しい奴なのかも。

 ノーブル国に狂戦士ガウレムを遣わせ王やイルミを窮地に立たせたあいつと初めて遭った時から本能のように敵だと思っているが、そうじゃなかったら一緒に遊んで回るダチになったかもしれない。

 アイリはフォークを噛んでじっと皿の子豚を見つめた。

 こいつも豚に生まれなかったら皿に載ることもなかっただろうに。

 ガツガツ食べる仲間を前にアイリ・ライハラは誰にも言えぬ苦悩があるのだと野菜にドレッシングを振りかけた。



 父クラウス・ライハラの娘に生まれなかったら、こんな異国の地で腰に(ソード)を提げ食事をすることもなかった。



「その星に生まれてしまったものは────仕方ない」

 (つぶや)いた騎士団長は子豚の丸焼きを突き刺した。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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