第5話 餌(えさ)とおなり
文字数 1,705文字
荷馬車の車輪の音が遠ざかってゆく。
名も知らぬ膝丈 の雑草が視界を隔てているので本当に去って行ったのかと裏の魔女キルシは手足を後ろで縛 られたままじっと様子を窺 っていた。
呪詛返 りで割れた額からの噴水の様な出血はひとまず治 まっていたが、血飛沫 を浴びた顔中がむせかえる様な鉄の臭いを漂 わせていた。
野原に放り出して見下ろした女のにやついた口元がいまだに気がかりだった。動くときの音で気づいたがその女は商人の服の下に明らかに甲冑 を着ていたので女騎士だとキルシは思った。
その騎士が捕縛 していた魔女を野に放つのになぜゆえにあの様な蔑 んだ笑みを見せたか?
「楽しみな────」とは何だ!?
がたごととした車輪の音が聞こえなくなり、キルシは魔法で後ろ手に縛 られた手足を自由にさせようと簡単な詠唱 を始めた。
「照りつける陽のごとく、火蜥蜴 の舌のごとく────」
何か音が聞こえた!
裏の魔女キルシはイルミ・ランタサル一行が戻って来たのかと警戒し詠唱 を中断し耳を立てた。
聞こえてきたのは荒々しく繰り返される鼻息。
自分のものではない。
横たえられたままキルシは頭を動かし周りを見回したが、見えるのは重なる膝丈 の雑草ばかし。
ゴブリンが徘徊 するような遮蔽物 多き場所ではなかった。あれらは己 が姿を見られる事を本能のごとく嫌う。
いきなり目の前の雑草が開け小汚い痩せた犬が顔を突き出しキルシは驚いてびくついた。
野良犬──か。
1匹の野良犬ごときにビビった自分が恥ずかしかった。
「しっ、しっ!」
キルシは声で野良犬を遠ざけようとした。
痩せた犬はキルシの臭いを嗅 ぐと牙を剥 いて唸 り声を上げ始めた。
鬱陶 しいこの犬め! 焼き殺してやるとキルシが詠唱 しようと口を開いた瞬間────周囲の草が広がり数頭の犬が顔を突き出した。
やっ、野犬の群れだわ!
見える範囲だけで小汚い犬十数頭が牙を見せ唸 りだした。ぜんぶまとめて焼き殺してやる!
そう裏の魔女キルシが思った刹那 、背後からも数え切れない唸 り声が重なりだしてキルシは顔を引き攣 らせ女騎士の言葉をまた思いだした。
「楽しみな────」
あの女騎士は野犬の群れが来るのを知っていたんだ! 腹を空かした痩せ犬どもが血の臭いに死肉があると集まるのを期待して唇を歪 ませたんだ!
大陸1忌 み嫌われる悪辣 の魔女が息を吸い込みながら悲鳴を上げた一瞬、二十頭余りの痩せ犬らが狼のごとく襲いかかった。
「なんで魔女を放りだしたんだよ」
操馬台 で手綱 握るアイリ・ライハラが非難するようにイルミ・ランタサルへ尋ねた。
「あら、私 と父上を殺 めようと岩の魔神を送り込んだ手練 れですよ」
「だから危ねぇじゃん。きっともっと凄いもん引き連れて戻ってくるぞ」
横に腰掛けるイルミ王女はいきなり少女へ振り向いたのでアイリは恐るおそる横目で王女を盗み見た。
「そのもの凄いもの をあなたが ────お相手するんですよ 」
当たり前のように言う大きな馬糞にアイリは唇をひん曲げた。下手に突っ込むとまた丸め込みいいように返されると少女は無言で突っぱねた。
いきなり遠くで悲鳴が聞こえアイリは両肩に首を縮めた。
荷馬車のかなり後ろからだった。心なしかあの魔女の声に似ていた。突然ぶつぶつ言っていたと思ったら血をぴゅーぴゅーと噴き出した魔女を扱いあぐねて荷馬車を止めると女騎士──後続のヘルカ・ホスティラが歩いてきて野原に放り出しましょうと王女に進言した。
イルミ王女は女騎士と何か目配せすると、馬の間で血だらけになっている魔女を縛 ったままホスティラが吊り縄 を切り肩に担 いで荷馬車から離れて行った。
魔女に何か起きたんだ、とアイリは気になり始めた。
女騎士が皆 が離れたところで引き返し魔女の首を刎 ねた、とか──。
アイリは操馬台 の横から顔を突き出し荷物越しに後続の荷馬車を見ると操馬台 に座ったヘルカ・ホスティラが手綱 を握ってアイリ達の荷馬車が進むのを待っていた。
「ちっ」
アイリは舌打ちして顔を戻すとイルミ・ランタサルが言いだした事に顔を引き攣 らせた。
「ヘルカがそんな事 をするわけないでしょ」
こいつ心を読めるのかと、少女は横目でくるんくるんを睨 んだ。
名も知らぬ
野原に放り出して見下ろした女のにやついた口元がいまだに気がかりだった。動くときの音で気づいたがその女は商人の服の下に明らかに
その騎士が
「楽しみな────」とは何だ!?
がたごととした車輪の音が聞こえなくなり、キルシは魔法で後ろ手に
「照りつける陽のごとく、
何か音が聞こえた!
裏の魔女キルシはイルミ・ランタサル一行が戻って来たのかと警戒し
聞こえてきたのは荒々しく繰り返される鼻息。
自分のものではない。
横たえられたままキルシは頭を動かし周りを見回したが、見えるのは重なる
ゴブリンが
いきなり目の前の雑草が開け小汚い痩せた犬が顔を突き出しキルシは驚いてびくついた。
野良犬──か。
1匹の野良犬ごときにビビった自分が恥ずかしかった。
「しっ、しっ!」
キルシは声で野良犬を遠ざけようとした。
痩せた犬はキルシの臭いを
やっ、野犬の群れだわ!
見える範囲だけで小汚い犬十数頭が牙を見せ
そう裏の魔女キルシが思った
「楽しみな────」
あの女騎士は野犬の群れが来るのを知っていたんだ! 腹を空かした痩せ犬どもが血の臭いに死肉があると集まるのを期待して唇を
大陸1
「なんで魔女を放りだしたんだよ」
「あら、
「だから危ねぇじゃん。きっともっと凄いもん引き連れて戻ってくるぞ」
横に腰掛けるイルミ王女はいきなり少女へ振り向いたのでアイリは恐るおそる横目で王女を盗み見た。
「その
当たり前のように言う大きな馬糞にアイリは唇をひん曲げた。下手に突っ込むとまた丸め込みいいように返されると少女は無言で突っぱねた。
いきなり遠くで悲鳴が聞こえアイリは両肩に首を縮めた。
荷馬車のかなり後ろからだった。心なしかあの魔女の声に似ていた。突然ぶつぶつ言っていたと思ったら血をぴゅーぴゅーと噴き出した魔女を扱いあぐねて荷馬車を止めると女騎士──後続のヘルカ・ホスティラが歩いてきて野原に放り出しましょうと王女に進言した。
イルミ王女は女騎士と何か目配せすると、馬の間で血だらけになっている魔女を
魔女に何か起きたんだ、とアイリは気になり始めた。
女騎士が
アイリは
「ちっ」
アイリは舌打ちして顔を戻すとイルミ・ランタサルが言いだした事に顔を引き
「ヘルカが
こいつ心を読めるのかと、少女は横目でくるんくるんを