第10話 忍び寄る影
文字数 1,977文字
こっちへお出 でと声がする。
気をゆるすとこれまで契 った悪魔が囁 き続けているとこのごろやっと分かってきた。
自分が何ものだとか、何のために生きてるとか、いまだにはっきりしないのは、あの日闘技場 で剣 を投げつけてきた群青髪の小娘のせいだった。頭部を刃口 が穿 つ瞬間を妙に鮮明に覚えていながらあれ以来、記憶や意識が混濁 し続ける。
洞窟 の中は嫌いじゃないみたいだが、土埃 ぽいのはあまり気に入らない。
こんな場所で暮らすのもあの群青髪の小娘のせいだと苛立ちを覚えた。
黒爪の細指で混ぜ棒を操り煮立つ土鍋の中味をかき混ぜる。
取り集めた薬草や爬虫類、昆虫や鉱物ら素材を煮詰め創るものの確かさ。何度も繰り返しやってきたことは手が覚えていた。
遣 わした蝿 の王が目的を果たしたなどと甘い思いは抱かなかった。
半目の黒い瞳に炉の炎が揺れ映っていた。
憎しみはとても深く、その憎念が小顔を歪 め不敵な笑顔を生みだしていた。
「やってこい群青の小娘よ。お前の命結ぶ天空の盟約を断ち切ってやろうぞ」
洞窟 の壁にゆらゆらと踊る影の主 アーウェルサ・パイトニサム──裏 の魔女キルシは薄ら笑いを浮かべていた。
喜々とした態度でイルブイ国の総大将ヒルダ・ヌルメラは甲冑 姿でアイリ・ライハラと女剣士ウルスラ・ヴァルティアを名乗るテレーゼ・マカイを街に案内した。
アイリがちょっと気に入らないのは遠巻きにヒルダの護衛近衛兵ら10名ばかりがぞろぞろとついて来ていることだった。
蛮族の国と大陸で云われながらイルブイの城下は様々な商人で活気が溢れていた。王妃 イルミ・ランタサルのいるデアチ国とは雲泥の差がある。
陽も陰りだした夕刻になりウルスラは恩人に切りだした。
「アイリ殿、お腹がすきませんせんか? 美味しい店を知っているのでご案内します」
アイリは半身振り向きテレーゼの顔をうかがうと彼女が頷 いたので夕餉 にすることにしたが気になったことを総大将に尋 ねた。
「おいヒルダ、お前その鎧 姿でメシ食いにいくのかよ?」
アイリに指摘され立ち止まったヒルダ・ヌルメラはその場で甲冑 をガチャガチャ脱ぎ始めると下に着た私服姿になり遠くにいる近衛兵らを手招きで呼び寄せた。
「お前らこれを持って城に帰ってよし」
甲冑 一式を渡された近衛兵の内1人が困惑げに総大将に尋 ねた。
「しかしヌルメラ総大将殿、護衛はどうなさるおつもりですか?」
「大丈夫さぁ」
そう言ってドレスの裾をたくし上げると太腿 に鞘 に収まった短剣があった。
アイリとテレーゼも腰に帯刀していたのでヒルダは問題ないと判断した。
ヒルダは傍 の露天商で簡素な低い靴を買いその場で履いた。
「ささ、アイリ殿こちらです」
身軽になったヒルダはドレスをひるがえし飯屋へと案内した。街中ほどなく歩くと商店に挟 まれた『肉三昧 』という看板を掲げた店の前でヒルダが足を止めた。
「ささ、こちらですアイリ殿」
そう言ってヒルダがさっさと店に入って行った。アイリは看板を眼にしただけで胸焼けがしてきた。傍 らのテレーゼに視線を向けると目尻を下げて唇を半開けにしているのでアイリは仕方なくこの店に入ることにした。
3人が店に入ると軽装で腰に2振りの短剣を下げた頭巾で顔を隠した男が黒爪の指でフードを深めに直しながら、数軒先の商店から急ぎ足で店の前までやってきて窓の端から店内を覗 き込んだ。目的の相手が席についている背姿を確認すると人目を気にする素振りで店の脇から小走りで裏手に回った。
ヒルダは席につくなり3人の分としては多すぎる料理を注文し始め給仕の女が手板に載せた注文書に忙しそうに書き込むのを眼にしてアイリは総大将に釘をさした。
「おいおいヒルダ、そんなに食べられないぞ」
「何を言うんです。2人ともお若いので楽勝ですよ。ここの肉料理はレパートリーが多く飽きずにあれこれ食べられますよ」
自信たっぷりに説得されアイリはヒルダ・ヌルメラが肉食系女子だったのを思いだし眉根を寄せた。
「俺、サラダでいいや」
アイリが給仕の女に注文を続けるヒルダにぼそりと頼むと総大将は目ん玉をひんむいた。
「何を言うんですアイリ殿! サラダは女子供の食い物。武士たるもの肉を食らって戦 に備えるものです」
「いやいや、俺──女だしぃ。まだお子さまだしぃ。ウルスラも女だしぃ」
アイリは自分を指さし唇を尖 らせヒルダに訴えた。
「な、何を言うんですかぁ! 女だからこそ沢山の肉を食らって戦場 で男を尻目に敷く活躍をするんですよ」
ああ言えばこう言うとアイリはこいつは脳筋だったと唇をひん曲げた。そうする間に最初の料理数皿を給仕の女が急ぎ足で運んできた。その1皿の量にアイリは眼を丸くした。スライスされた焼き肉が猪 の頭ほどの山なりで湯気を上げていた。
こんなもの誰が食うんだ!?
食べる前からアイリ・ライハラはげっぷが出そうだった。
気をゆるすとこれまで
自分が何ものだとか、何のために生きてるとか、いまだにはっきりしないのは、あの日
こんな場所で暮らすのもあの群青髪の小娘のせいだと苛立ちを覚えた。
黒爪の細指で混ぜ棒を操り煮立つ土鍋の中味をかき混ぜる。
取り集めた薬草や爬虫類、昆虫や鉱物ら素材を煮詰め創るものの確かさ。何度も繰り返しやってきたことは手が覚えていた。
半目の黒い瞳に炉の炎が揺れ映っていた。
憎しみはとても深く、その憎念が小顔を
「やってこい群青の小娘よ。お前の命結ぶ天空の盟約を断ち切ってやろうぞ」
喜々とした態度でイルブイ国の総大将ヒルダ・ヌルメラは
アイリがちょっと気に入らないのは遠巻きにヒルダの護衛近衛兵ら10名ばかりがぞろぞろとついて来ていることだった。
蛮族の国と大陸で云われながらイルブイの城下は様々な商人で活気が溢れていた。
陽も陰りだした夕刻になりウルスラは恩人に切りだした。
「アイリ殿、お腹がすきませんせんか? 美味しい店を知っているのでご案内します」
アイリは半身振り向きテレーゼの顔をうかがうと彼女が
「おいヒルダ、お前その
アイリに指摘され立ち止まったヒルダ・ヌルメラはその場で
「お前らこれを持って城に帰ってよし」
「しかしヌルメラ総大将殿、護衛はどうなさるおつもりですか?」
「大丈夫さぁ」
そう言ってドレスの裾をたくし上げると
アイリとテレーゼも腰に帯刀していたのでヒルダは問題ないと判断した。
ヒルダは
「ささ、アイリ殿こちらです」
身軽になったヒルダはドレスをひるがえし飯屋へと案内した。街中ほどなく歩くと商店に
「ささ、こちらですアイリ殿」
そう言ってヒルダがさっさと店に入って行った。アイリは看板を眼にしただけで胸焼けがしてきた。
3人が店に入ると軽装で腰に2振りの短剣を下げた頭巾で顔を隠した男が黒爪の指でフードを深めに直しながら、数軒先の商店から急ぎ足で店の前までやってきて窓の端から店内を
ヒルダは席につくなり3人の分としては多すぎる料理を注文し始め給仕の女が手板に載せた注文書に忙しそうに書き込むのを眼にしてアイリは総大将に釘をさした。
「おいおいヒルダ、そんなに食べられないぞ」
「何を言うんです。2人ともお若いので楽勝ですよ。ここの肉料理はレパートリーが多く飽きずにあれこれ食べられますよ」
自信たっぷりに説得されアイリはヒルダ・ヌルメラが肉食系女子だったのを思いだし眉根を寄せた。
「俺、サラダでいいや」
アイリが給仕の女に注文を続けるヒルダにぼそりと頼むと総大将は目ん玉をひんむいた。
「何を言うんですアイリ殿! サラダは女子供の食い物。武士たるもの肉を食らって
「いやいや、俺──女だしぃ。まだお子さまだしぃ。ウルスラも女だしぃ」
アイリは自分を指さし唇を
「な、何を言うんですかぁ! 女だからこそ沢山の肉を食らって
ああ言えばこう言うとアイリはこいつは脳筋だったと唇をひん曲げた。そうする間に最初の料理数皿を給仕の女が急ぎ足で運んできた。その1皿の量にアイリは眼を丸くした。スライスされた焼き肉が
こんなもの誰が食うんだ!?
食べる前からアイリ・ライハラはげっぷが出そうだった。