第17話 異形
文字数 1,816文字
裏の魔女ミルヤミ・キルシが唱える詠唱 が聞こえて立ち上がったヒルダ・ヌルメラはアイリ・ライハラへ注意を促した。
「アイリ殿、小悪魔がまたよからぬことを」
動揺を微塵にも感じさせずに完全装備の少女が広げる宝倶の耀 きの外で必死に詠唱 を続ける魔女をアイリ・ライハラは見つめ言い捨てた。
「ヒルダ、気をつけよ。キルシは人を捨てるつもりだ」
「闇──すべからず支配する万界の大君 ──永久 に天の耀 き追いやる力の奔流 望むは天の主 加護する魂の磨滅 ────羊どもの朱 き血を油泥の如 き黒に染め上げる力──天地の定め虚構に換え、有を無に帰する昏 きものよ、遠き彼方より祈らん────汝の力──地獄門──を持って忌むべきもの永劫 に喰らわん────」
長々と詠唱 した魔女ミルヤミ・キルシの声が高まり、ローブの腕広げ術式の名を谷に響かせた。
「グーラ・インフ ェロルマ!!!」
渓 の空気が急激に冷えてゆき、岩々の表面に霜 が下り始め、蛮族の女総大将は顔を強ばらせアイリ・ライハラの斜め後ろに数歩退いた。
だが冷気以外に何も変化はなく白のローブ纏 う魔女もアイリ・ライハラの甲冑 の生みだす光りの外で両腕を広げたまま身動きもせず静粛が流れていた。
「ヒルダ、よく見ておけ。あれが、本物の魔女が真に忌 み嫌われる理由だ」
それは前触れもなくミルヤミ・キルシに訪れた。
ローブから覗 く顔や腕、両の脚の皮膚がぶくぶくと泡立ちそれが重なり気泡がさらに大きく変化し始めた。手の指が数本反り返り肩の数段に膨れ上がった気泡に押され首が横に折れ垂れ下がった刹那 、魔女の臓物が腹を裂き溢 れだしその周囲から様々な太さの触手が地面に広がり始めた。
その異様な様 にヒルダ・ヌルメラは息を吸い込みながら幼少以来久方ぶりに小さな悲鳴を漏らした。
これまで眼にしたことのあるどんな魔物よりも、異邦人が話すどのような怪物よりも、奇っ怪で悍 ましく直視にたえなかった。
アーウェルサ・パイトニサム──裏 の魔女のキルシは溶けつつあるのか!? とても形あるものへの変貌 には思えない。
魔法を誤り人どころか怪物にもなれずに核なしとなるのかと形定まりきらぬ泡ぶくに成り果てる。
「アイリ殿──キルシがこうなることをご存知だったのですか?」
不安げにヒルダ・ヌルメラが前に立つアイリ・ライハラの背姿に尋 ねると群青の極限に達しているアイリが仕方なさそうに打ち明けた。
「いや、俺が知るわけないじゃん。だけど内にある天上人 の知識がサバトに通いつめて悪魔と乱交した魔女の顛末 を知っていたから」
魔女は悪魔と性交をするのかとヒルダは赤面したのが恩師の後ろで良かったと顔を振った。
「だけどあいつ、奥の手にしてきたものを失敗するほど馬鹿じゃないだろうし、油断するなよヒルダ」
「ええぇ!? あの様 でぇ何に成りようがあるとぉ仰 るのですかぁアイリ殿ぉ!?」
その蛮族の女総大将の素っ頓狂 な声に反応したとでもいうように、馬車 よりも大きな臓腑の塊 と化してなお表面に現れた新たな触手が蠢 き成長し続ける魔女ミルヤミ・キルシの成りの果てがアイリ達の方へ増殖し始めた。
その寸秒、醜く組み合わさった臓腑の中央に額に紅い魔石の入った顔が浮き出てきた。驚愕 の面もちを足掻 くように己 の手で引き掻いて叫び声を上げようとしていた。
アイリの片腕をつかみ強引に退 くヒルダは顔を引き攣 らせながらアイリに訴えた。
「アイリ殿ぉ、こんな奴放っといて立ち去りましょうぞぉ」
「お前にしては弱気じゃん」
こ、この人はこんな化け物を前にな、何を言い出すんだ!?
アイリに指摘されヒルダは慌てて言い繕 った。
「だぁ、だって剣 でどうこうできる状態じゃないじゃあ────りませんかぁ!?」
確かに刃 で斬 ってもダメージなさそうな感じだとアイリも納得したが、諦めてはいなかった。
首に縄 つけても連れ帰り教会の審判の場に立たせる。
突然の咆哮 に2人は視線を游 がせた。
もはや生き物か判別のつかなくなった何かは納屋なみに大きくなりアイリ達まで馬20頭分もなくなりそいつが吠 えたのかとアイリは思った。
涸 れた沢の上流に黒い動くものが見えたヒルダはアイリの腕を引っ張りそれを教えた。
「アイリ殿ぉ、腸 のお化けの右手後方を見て下され」
教えられアイリは眼を凝らすとまるっこいものがゆさゆさと動いていた。
それがいきなり立ち上がり遠吠 えが渓に響くとミルヤミ・キルシの成りの果てが増殖する向きを返しその獣 に襲いかかった。
「アイリ殿、小悪魔がまたよからぬことを」
動揺を微塵にも感じさせずに完全装備の少女が広げる宝倶の
「ヒルダ、気をつけよ。キルシは人を捨てるつもりだ」
「闇──すべからず支配する万界の
長々と
「グーラ・
だが冷気以外に何も変化はなく白のローブ
「ヒルダ、よく見ておけ。あれが、本物の魔女が真に
それは前触れもなくミルヤミ・キルシに訪れた。
ローブから
その異様な
これまで眼にしたことのあるどんな魔物よりも、異邦人が話すどのような怪物よりも、奇っ怪で
アーウェルサ・パイトニサム──
魔法を誤り人どころか怪物にもなれずに核なしとなるのかと形定まりきらぬ泡ぶくに成り果てる。
「アイリ殿──キルシがこうなることをご存知だったのですか?」
不安げにヒルダ・ヌルメラが前に立つアイリ・ライハラの背姿に
「いや、俺が知るわけないじゃん。だけど内にある
魔女は悪魔と性交をするのかとヒルダは赤面したのが恩師の後ろで良かったと顔を振った。
「だけどあいつ、奥の手にしてきたものを失敗するほど馬鹿じゃないだろうし、油断するなよヒルダ」
「ええぇ!? あの
その蛮族の女総大将の素っ
その寸秒、醜く組み合わさった臓腑の中央に額に紅い魔石の入った顔が浮き出てきた。
アイリの片腕をつかみ強引に
「アイリ殿ぉ、こんな奴放っといて立ち去りましょうぞぉ」
「お前にしては弱気じゃん」
こ、この人はこんな化け物を前にな、何を言い出すんだ!?
アイリに指摘されヒルダは慌てて言い
「だぁ、だって
確かに
首に
突然の
もはや生き物か判別のつかなくなった何かは納屋なみに大きくなりアイリ達まで馬20頭分もなくなりそいつが
「アイリ殿ぉ、
教えられアイリは眼を凝らすとまるっこいものがゆさゆさと動いていた。
それがいきなり立ち上がり