第6話 死神

文字数 1,967文字


 疾走する馬の上で大鎌(おおがま)を振り上げた死神の刺繍を入れた(そろ)いの紫紺のマント(なび)かせる妹のテレーゼが街道東の農地の先を見渡し、姉のテレーザが西の荒れ地を見つめた。

 馬を駆り半日、南のウチルイとの国境が目前だった。

 首都に繋がる道は複数あれど、ウチルイとの一番知れ渡った街道では怪しいものらと()う事はなかった。

「姉様、密偵(みってい)は別な道を選んだのでは?」

 顔を隣の姉に振り向け大声でテレーゼが問いかけた。

 顔を正面に向けたマカイ家の長女は街道の先を見つめ眉根を寄せしばし考慮し口を開いた。

「いいや、道を使わず足を進めているな。(ほとん)どの道は巡回の兵達が見て回っているので見慣(みな)れぬ旅人がいればすぐに尋問される」

 妹のテレーゼは顔を(ひず)め無理だと言いだした。

「え!? 野原や荒れ地を選んで、か!? 兵に()わずとも魔物に喰われるぞ」

 駆ける馬に合わせ薄い(くら)(わず)かに腰を浮かせ(ひざ)で上下の揺れを(たく)みに打ち消しながらテレーザは妹に説明した。

「並みのものならそうだが、用心深い暗殺者(アサシン)などなら首都までの踏破(とうは)も難しくない」

刺客(しかく)!? 何か耳にしたのか、姉様?」

 姉のテレーザ・マカイは軽く(かぶり)振り妹に命じた。

「テレーゼ、東の隣街道までの原野を首都の方へ引き返せ。我は西の隣街道までの荒れ地を探索する。何か見つければ(たか)を使い報せ我が着くまで手出しするな。我が見つけてもお前の合流を待ち追尾する」

 姉の(めい)にテレーゼは素直に従った。

「よし、二手で(さが)そう。姉様、騎兵半数を借り受けるぞ」

 言うなりマカイ家の次女は半身振り向き片腕を上げ人さし指と中指を立て右に振って街道から外れると後ろに従っていた騎兵の半数──20騎が追従し千切れた雑草を舞い上げた。

 姉のテレーザ・マカイは妹ら一行の後塵を流し目で見送り左の手綱(たづな)を引き馬の向きを急激に西へ振り落石の目立つ荒れ地へと入り後塵を騎兵20騎がぴったりと追い始めた。

 テレーザは妹のテレーゼが見つけるか自分が見つけるか二手とも空振りに終わるかは3分の1だと一瞬思ったが訂正した。(ダイス)を振ればテレーゼは運に恵まれている。自分か二手とも空振りに終わるが合わせ5分の1、テレーゼが密偵(みってい)を見つけるが5分の4だと苦笑いした。

 こうしろと命じればテレーゼは子どもの時から従順に従った。やもや先んじて手出しはしないだろうと姉のテレーザ・マカイは思った。

 だが読みが大きく外れると死を(もたら)し叫ぶもの────シーデの片割れはこの時予想もしなかった。





 荷馬車の後部で荷物に寄りかかり(ほう)けていた女暗殺者(アサシン)のイラ・ヤルヴァは草叢(くさむら)の臭いの中に異質なものを嗅いで身を起こし瞳を巡らせた。

 何の臭いだろう?

 いいや、そもそも臭いなのかも(さだ)かでなかった。

 イルミ王女の(こう)でもないし、馬の異臭でもない。荷物の腐れ鰊漬けでもない。

 何かの違和感の元がわからず無性に気になり始めた。

 これを1度感じた事がある。

 え────っと、どこでだっけ?

 そんなに前じゃないぞ。

 考えていると王女の顔が浮かんだ。

 違うちがう。あれの香油はぜんぜん別物だわ。


 ふとイラは薄暗い部屋を思いだした。


 そうだ! あれはイルミ王女を夜打ちした時だ!

 言いようのないものを感じたんだ。そうだ。暗闇の中、アイリ・ライハラに(スピア)で襲われ咄嗟(とっさ)に聞こえた空気を引き裂く(うな)りを耳にしながら横へ飛び退き、それをスピアが壁や床を(たた)く炸裂音が追いかけてきてそのまま床に左手をつき側転し逃げた時に感じたもの。


 危機感────!


 これは臭いでなく、何かの胸騒ぎだわ。

 いきなり荷台にイラ・ヤルヴァが立ち上がり向かいに座る侍女(じじょ)ヘリヤが驚いて(たず)ねた。

「どうされましたの、イラ様?」

 女暗殺者(アサシン)は後続の女騎士ヘルカ・ホスティラ達の馬車よりもさらに先の通ってきた野原をじっと(にら)みつけた。

 見えない。

 眼にとまらないほど遠いのにこの殺気は何なのだと落ち着かなくなった。



 まるで草原の上を死神が飛んでくるようだとイラ・ヤルヴァは鳥肌立ち、もしかしたら放置してきた魔女が復讐しに戻って来たのかと操馬台(コーチ)のアイリ・ライハラへ口を開いた。



「アイリ! 凄まじい殺気が追いすがって来ます!」





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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