第5話 いただきぃ! ましたぁ

文字数 1,635文字

 闇と夜に育まれ幾年月を数え切れぬほど神々の末裔から土塊(つちくれ)のなりの()てを渡しくれど、舟を盗み渡ろうとしたものなどいと珍し。

 苦悩の河(アケローン)に突き落とし沈める前に冥銭(めいせん)ぐらい、と闇と夜の子カローンは青髪の小娘に片手突き出した。

「ところでお前────渡し銭は持ってるのか?」

 小娘は返事も忘れ()を放り出し(あわ)てふためき衣服の小物入れを(まさぐ)った。

 じたばたが止まり、小娘がゆっくりと顔を持ち上げると小物入れから手を引き抜いた。

 突きだした片手指に()まむは灰色の硬貨が一枚。

 それを奪い取ろうとカローンが手を伸ばすと小娘はさっとその手を引っ込めた。肩すかしを食らいよろめいた彼の前にまた小娘が硬貨()まむ手をそっと差しだした。

 冥銭(めいせん)に貪欲なのを見抜かれているように翻弄(ほんろう)されていた。

 魂を対岸に渡してしまえば意味をなさなくなる私物を出し()しみする。

「さあ、銭を渡しな──」

 そう告げカローンは受け取るために手を伸ばすと小娘は摘まんだ銀貨をそっと差しだしてきた。

 その指先のものを受け取ろうと彼が手首動かした寸秒小娘が腕を横へ()らした。

 くぬぬぅ! 馬鹿にしおって!

 長髭(ながひげ)の顔を(ゆが)ませカローンは小娘の振った腕先を目で追い詰め寄ろうと小舟の後ろへ足を踏みだした。





 なんで三途(さんず)の河にいるのだとアイリ・ライハラは困惑しながら乗り込んだ小舟の持ち主が()い上がってきた眼光鋭い老人が河渡しのカローンだとすぐに気づいた。

 渡し銭をと言われポケットを(まさぐ)ると買い食い用の小銭が入っていて大きなものを1枚摘まみだした。

 振り上げた小銭を目にしてカローンの眼光が凄みをました。

 げぇげぇこのオヤジ、俺を向こう岸に渡す気満々じゃん!

 布切れ一枚腰に巻いた素っ裸に近い老人が冥銭(めいせん)をつかみ取ろうと腕を振り上げた。

 少女はその間合いを詰めさせずに腕を引っ込めた。

 とたんにカローンの表情がきつくなったのを見つめアイリは冷や汗が吹き出した。

 や、ヤバい! 冥銭(めいせん)取られたらあの世行き確定しちまう!

 アイリはどうやってこの狭い小舟で老人から逃れるかを懸命に考えながら銀貨つまむ手を誘いかけるように前に出した。

 少女はカローンの視線が指先に摘まんだ硬貨を射抜くほどに向けられていることに気づいた。

 こ、こいつ人を黄泉に渡すなんて二の次だぁ!



 ただの守銭奴(しゅせんど)だぁ!



「さあ、銭を渡しな──」

 手を差しだす老人に言われギリでアイリはプイと腕を()らした。

「げ、げげぇ!?」

 苦笑い浮かべる少女の目前で小舟中央に立つカローンの表情が怒気を含んだものになった。

 こいつめちゃくちゃマジじゃん!

 何としても取られるわけにはゆかないぞぉ!

 ふとアイリはつまむ硬貨の指先の感触にあることに気づいた。



 そうだぁ!



 少女は一瞬唇片方を(わず)かに持ち上げニヤツいたが、渡し守りはアイリの引いている手に集中し見てもいない。

 少女はゆっくりと冥銭(めいせん)つまむ手を老人へ差し出し彼の伸ばしてきた指先の前で軽く振ってみせた。まるで釣られるように老人が右に左に指を彷徨(さまよ)わせた。

 その指の動きに合わせてアイリは腕の動きを段々と落とすとつまんだ銀貨に老人の指が触れそうになった。



 ぽいっ!



 いきなりアイリ・ライハラが手首返し硬貨を小舟横の川面に放り投げた。

 ぴょん!

 苦悩の河(アケローン)の河守りはくるくる回り横へ飛ぶ銀貨を追いかけ船底を蹴った。

 だがカローン。腐っても冥界の渡し守り。数え切れないほどの魂とやり取りを交わし死者の奸計(かんけい)を見抜いてきた。

 ちゃぽんと銀貨が水中に沈むのを唖然と見つめ老人はガッと小舟の縁に足をかけ踏みとどまるとニヤツいた髭面(ひげづら)を小娘に振り向けた。



 アイリ・ライハラが勝ち(ほこ)った顔で()を構え上げていた。





 木の砕け散る派手な音が聞こえ小舟横に大きな水柱が上がった。

「あぁ、姉様ぁあああ、あの渡し守りダメですよ!」

「くぬぬぬぬぅ、アイリ・ライハラめ。こっちに来たら手足切り刻んでやろうと思ってましたのに────」



 テレーゼに言われマカイのシーデの姉テレーザは(つぶや)いて爪を咬んだ。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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