第22話 我の名は

文字数 2,350文字

 クラミ騎士団長から出陣前に聞かされた説明では他国から入り込んでいる密偵(みってい)の一団が南の街ヨルンを北に向かっており、騎士クラスの剣術使いがいると警告された。

 だが、どうだ。

 クラミ騎士団長が目をつけた一団は商人や農民が使うような荷馬車のキャラバンで、出て来たのは小娘1人。その小娘が手にする細身の長剣を目にして嘲笑(ちょうしょう)を浮かべた。

 たとえ(ソード)を手にすれど細身のブレッド・ナイフの様な剣が何の役にたとう。

 そう思いながら近衛兵のオルヴォは(みな)(そろ)って(ソード)を引き抜くと、クラミ騎士団長が言い合いをしていた少女が(ソード)を抜き駆け出す寸前(みな)に警告した。

「気をつけろ! こいつとんでもない手練れだ!!」

 近衛兵オルヴォは騎士団長が敵を警戒する言葉を初めて耳にした。

 小娘は凄まじい勢いで騎士団の馬向こうにいる近衛兵半数に斬りかかり騎士団の馬らがざわめきだした反対側で叫び声や怒号、罵声が沸き起こり、それが(まばた)き2度で聞こえなくなった。

 直後、騎士団の馬の後ろを小娘が歩いて回り込んで立ち止まると、大きく湾曲した長剣(ロングソード)を右へ1振りして(やいば)から血飛沫(しぶき)を飛ばした。

 そんな馬鹿な!?

 近衛兵が15人はいたはずだ。

 それを小娘は一瞬で片づけただと!?

 近衛兵オルヴォら15人の近衛兵は小娘を取り囲む様に広がり回り込んで刃口(きっさき)を向け間合いを詰め始めると、その小娘が(つぶや)いた。

「──シックス・ステップ」

 一閃(いっせん)、小娘の青い髪が揺れ風に(なび)く細身の部隊旗の様にうねり伸びその先が遠い逆側の兵から回り込んでくると通り過ぎた兵達が次々に(ソード)を落とし、近衛兵オルヴォは後退(あとず)さり落とされた(ソード)へ一瞬視線を向け驚いた。

 すべての(ソード)を手が握りしめている!

 手首から切り落とされていた。

 青い稲妻が目にも留まらぬ速さで兵を一周すると14人が手首を押さえ地面に(ひざ)を落とし(うめ)き始めた。

 こんな奴に勝てねぇ!

 なおも後退(あとず)さる近衛兵オルヴォが目にしたのは馬の後方で立ち止まった小娘と、素早く下馬した騎士5人。クラミ騎士団長を残し我がウチルイ国のトップファイヴの騎士ら4人が小娘の四方に立ち抜刀(ばっとう)した。

 一瞬、近衛兵オルヴォは何が起きたのか理解できなかった。

 騎士らの中心にカマイタチの様な(あお)の旋風が巻き起こり、凄まじい甲高い響きと共に追いかける火花が渦に吸い込まれ騎士らが鉄靴(サバトン)の足を滑らせ後に下がった。

 (あお)い渦がいきなり消え去った。

 4人の騎士が手にする(ソード)4振りすべての(やいば)がクロスガード間近で切れなくなり、(やいば)すべてが中央に立つ小娘と騎士らの間の地面に突き立っている。

 そうして小娘が片足をとん、と地面に踏むと4人の騎士全員の甲冑(アーマー)がぱっくり割れ地面に金属音を立て落ちた。

 クラミ騎士団長を含め騎士全員が(スカル)甲冑(アーマー)の残りを脱ぎ捨て、(ソード)を失った4人は馬の(くら)に下げた(スキャバード)から予備の(ソード)を引き抜いた。

「これだけされても兵を退()かせないあんたは大馬鹿だ」

 小娘が4人の騎士に目もくれず、クラミ騎士団長へ言い放つと4人の騎士らが一斉に斬りかかった。その小娘めがけ一気に振り下ろされる(やいば)がたった1度の金属の響きで上空に跳ね上げられ道脇の草叢(くさむら)に落ちてきた。

「今度は素手で殴りかかるか!?」

 小娘が挑発した直後、4人の騎士が素手でつかみかかろうとした刹那、クラミ騎士団長が止めた。

「離れよ、お前たち」

 小娘の方へクラミ騎士団長が進み出ると4人の騎士らが下がり場所を空けた。


 (やいば)向け合い小娘が吐き捨てた。


「最低だな、あんた」


 それを耳にしクラミ騎士団長は鼻で笑った。

密偵(みってい)風情に言われる筋合いではない。貴様らは我がウチルイ国兵士に(やいば)向けたのだ。その罪、万死に値する」

「貴様ら──? (ソード)抜いて1人にかかって来て、こてんぱんにされて大勢に見えたんだ。最低」

「その口、2度と愚弄(ぐろう)できぬ様にしてやろう」

 クラミ騎士団長が刃口(きっさき)を大きく右肩の後ろに下げいつでも斬りつけられる体勢を取りタイミングを見計らった。

「あぁ、あんた2度と人を小馬鹿にできない様にしてあげる」

 だが小娘は構えるどころか長剣(ロングソード)を真横の斜め下に向け刃口(きっさき)をゆらゆらと回すだけで動こうとしない。近衛兵オルヴォは騎士団長がどうして斬りつけないのだと息を殺し見守った。

 いきなり小娘が右足を一歩踏み出すと、クラミ騎士団長は一瞬にして構えを変えた。

 そんな小娘倒してしまえ!

 そう近衛兵オルヴォが思った瞬間、ヨハンネス・クラミが踏み込んだ。それと同時に小娘が言い放った。


「セヴンステップ!」


 騎士団長の斬り下ろす(やいば)が青髪を捉えた直後地面に刃口(きっさき)が食い込み小石が跳ね飛んだ。

 その上の小娘の姿が急激に霧散して近衛兵オルヴォはどこにと思った刹那、風の(うな)る爆音を耳して(あお)い蜃気楼が騎士団長の背後に流れ止まり長剣(ロングソード)の先を騎士団長の首筋に押し当てていた。


「続けてもいいが、あんた一生自分の力で動けなくなるよ」


 それでも相手を倒そうとする騎士の矜持──ヨハンネス・クラミは鉄靴(サバトン)を踏み換え(ソード)を振り上げようとした一閃(いっせん)、アイリ・ライハラは相手の頚椎(けいつい)に斬り込んだ。

 騎士団長ヨハンネス・クラミは操り糸が切れた様に両膝(りょうひざ)を地に落とすとうつ伏せに倒れた。直後、小娘は背後で見つめていた素手の騎士らへ振り向くと長剣(ロングソード)を彼らに振り向け命じた。


「馬に自分で乗れないものを乗せこの場を立ち去れ。でないとお前ら全員こいつと同じ動けない人生を歩むことになるぞ」


 騎士らが手分けし利き手を切り落とされた近衛兵らを馬に乗せ始め、小娘が近衛兵オルヴォまで歩くると彼は(ソード)を下ろしていた。

「あんた城の兵士達に言い聞かせな。何百何千来ようとこの私は逃げないし返り討ちにする。私の名は────」

 近衛兵オルヴォは生唾を呑んで小娘の名前を覚えた。



「アーウェルサ・パイトニサム──裏の魔女キルシ」



 彼は言われた名を疑いもせず信じた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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