第16話 雷撃
文字数 3,328文字
女暗殺者 は突如 現れ剣を投げよこした蒼 髪の少女が自 らの腹を刺し闘いを挑んだことが対等ではなく侮辱だと思った。
少女はどう見ても10は歳が離れている。
右肩の刺し傷など軽微で、少女の腹の刺し傷の方が動きに支障があるのは明白だった。
体力でも、年齢からくる経験でも、自分の方が圧倒的に有利だと女暗殺者 は信じ疑わなかった。
この娘は頭がおかしい。
そう女暗殺者 は思った。
この捕らわれの身で、イルミ王女暗殺未遂 の行く先に待つのは斬首 か絞首刑 ──いずれにしても公開処刑となるのは必然。
依頼主を吐こうと吐くまいと、刑の逃れようは有り得ない。
だが侮辱は許さないと女暗殺者 は思って言い放った。
「いいだろう、アイリ・ライハラとやら。ただし決着は生死を分かつのみ。それが条件だ!」
歯を食いしばり脇腹からミセリコルデを引き抜き目の前で少女は苦笑いを見せて短剣を牢 の外へ放り出した。
そうして湾曲したスキャバード──鞘 から反った細身の剣を引き抜いた。
見たこともない造作の剣だと女暗殺者 は思った。
長さでは少女の剣がスクラマサクスよりも肘 から手首ほども長かったが、それを女暗殺者 は不利と思わなかった。
狭い房 の中では長すぎる剣は壁に阻まれ振り回し難い。短めのスクラマサクスの方が攻めも防御も有利だと女暗殺者 は思い右手で剣を拾い上げ立ち上がりその剣を左手にスイッチ(持ち替えるの意味)させ軽く手首だけで振り回した。
「後悔するぞ、アイリ・ライハラ」
女暗殺者 は睨 みつけながら少女に警告した。
「さあ、始めよう。逃げ足の速いだけの殺し屋さん」
少女が挑発した刹那 、女暗殺者 がスクラマサクスを風にうねるリボンのごとく振り回し踏み込んだ。
その切っ先を少女は身を退 け躱 したが、吸いつくように戻ってくる刃 が少女の顔を追いかけた。
アイリは怖いのは剣ではないと知っていた。睨 みつける相手の形相が、お前にあるのは死だと言い放つ気迫。人が人を死に追いやろうとする理不尽 。
この人は命を奪うことを躊躇 しない。
そうやって今日まで生き延びてきたんだ。
その生き様が怖かった。
4度、太刀筋 を避けると少女は背中が牢 の壁にぶつかり呟 いた。
「ワンステップ」
ステップ? ──そう少女が言い放った瞬間、顔をとらえると思ったスクラマサクスの刃 が群青の髪の残像を引き裂いて空を切った。その逃げを打った少女を追いかけ女暗殺者 は身体を捻 り剣を引き戻した。
この小娘はかなり動きが速いことを認めないわけにはゆかなかった。
だがいかに素早く動けようとも牢 の角に追い込まれたなら、逃げることも剣を振るい反撃に出ることもできないと女暗殺者 は少女をとらえようと顔を振り向け続け回り込もうとする姿に目が追いついた。
直後、女暗殺者 は少女が回り込もうとする先へ交叉させた脚で身を乗りだし行く手を塞ぎ、引き戻していたスクラマサクスを肩から振りだした。
「トゥステップ」
逃げ場を失った少女がそう呟 いたのを女暗殺者 は確かに耳にし、寸秒波打った群青の髪が前に揺れそれが残像になった。
女暗殺者 は一瞬見失った少女の先の石壁に切っ先をぶつけてしまい火花を引いて剣を振り抜いた。
どこだ!? と女暗殺者 は視線を逆側に振り向けると剣を壁に打ちつけた正反対の方へ駆ける蒼 髪を目にし、追いつこうと身体を捻 り戻した。
ちょこまかと! 女暗殺者 は苛 つき壁に弾かれた刃 をさらに振り少女の後頭部を追いかけた。
蒼 髪の残像が牢 壁と鉄格子 の角に流れゆくのを見つめ女暗殺者 はそこへ小娘を追い込もうと右腕を開き行く手を遮 りその後頭部へ剣を打ち込もうとした。
「スリーステップ!」
はっきりと少女が言い放った瞬間、その追い込まれた隅で群青の髪が竜巻のように回転し始めた。女暗殺者 はその狭い場所で小娘が逃げもできず、剣も振り回せないと勝ちを得たことを確信した刹那 、相手が回る勢いで壁に剣を打ちつけた。
刃 折れる勢いで壁にぶつかった細身の剣の輝きが、その横の壁から突如 出現し、まるで雷 のごとく己に迫った瞬間、女暗殺者 は双眼を強ばらせ攻め手として放ったスクラマサクスを手首を捻 り迎え打ち斜めに弾き返した。
直後、目の前にあった群青の渦が消え失せ、女暗殺者 はしまったと思い、僅 かでも可能性のある方へと視線と同時に首を捻 り視野を加速させた。
見えたのは蒼 い残像でなく、弾き返した白銀の輝きが燕 の飛跡のように踊り舞い、それが恐ろしい速さで己の首に飛び込んでくる恐怖。
思いっきり上半身を仰 け反 せ、同時に4歩も後退 った屈辱に、女暗殺者 は己のスクラマサクスを再び相手へ浴びせ迫ろうとしたその瞬間に蒼 髪の残像が利き手側へ消え失せようとしていた。
直後、振り切る前のスクラマサクスの刃 から派手な火花が飛び散り交差した飛びす去る雷撃に残された己の剣を叩き上げられ、女暗殺者 は混乱しつつある事実を無視し、今一度、小娘を刃 にとらえようと分厚い剣を重さに任せ振り下ろした。
須臾 、蒼 髪を追いかけ斜めに振り切った剣からまたもや目も眩 む火花が吹き広がりスクラマサクスが左手から吹き飛んだ。
まるで雷撃と斬り合っていた。
だが女暗殺者 は不覚にも武器を手放したことに畏怖を感じたのではなかった。
後頭部の中心に鋭い切っ先が突きつけられ、寸止めされている事実に、自分の立場をようやく認めた。
勝負などではない!
なぶり殺しの相手にされていた。
そう女暗殺者 が自覚した直後、背後から囁 かれた。
「あんた、そこそこ ──速かったよ」
「アイリ・ライハラ──我の剣を弾きながらどうやって後ろに回り込めた!?」
「あんたが、そこそこ だったから」
後頭部にあった圧迫感が薄れ少女が身を離したのを知っても、女暗殺者 は助かったとは思わなかった。そして少女が告げた一言に戦慄 を感じた。
「わたしはとくべつ なの」
ゆっくりと振り向いた女暗殺者 にアイリが微笑んで言い切った。
「衝立 が邪魔して刺されたんじゃない」
言いながらアイリは上目遣いに女暗殺者 を見やり左の口角をさらに持ち上げた。その表情に殺し屋は親愛さえ感じていることに戸惑った。
「あのとき寝ぼけてたんだ」
「ふざけるな! あれが寝ぼけていた動きだと!?」
女暗殺者 は少女の言い分に納得できないとばかりに言い返した。
「今はバッチし。あんたの動きがよく見えてた」
愛くるしく瞳を丸くして見せて、アイリ・ライハラがまた微笑むと、女暗殺者 はこの小娘にいつから遊ばれていたのだと困惑し続けた。
少女はどう見ても10は歳が離れている。
右肩の刺し傷など軽微で、少女の腹の刺し傷の方が動きに支障があるのは明白だった。
体力でも、年齢からくる経験でも、自分の方が圧倒的に有利だと女
この娘は頭がおかしい。
そう女
この捕らわれの身で、イルミ王女暗殺
依頼主を吐こうと吐くまいと、刑の逃れようは有り得ない。
だが侮辱は許さないと女
「いいだろう、アイリ・ライハラとやら。ただし決着は生死を分かつのみ。それが条件だ!」
歯を食いしばり脇腹からミセリコルデを引き抜き目の前で少女は苦笑いを見せて短剣を
そうして湾曲したスキャバード──
見たこともない造作の剣だと女
長さでは少女の剣がスクラマサクスよりも
狭い
「後悔するぞ、アイリ・ライハラ」
女
「さあ、始めよう。逃げ足の速いだけの殺し屋さん」
少女が挑発した
その切っ先を少女は身を
アイリは怖いのは剣ではないと知っていた。
この人は命を奪うことを
そうやって今日まで生き延びてきたんだ。
その生き様が怖かった。
4度、
「ワンステップ」
ステップ? ──そう少女が言い放った瞬間、顔をとらえると思ったスクラマサクスの
この小娘はかなり動きが速いことを認めないわけにはゆかなかった。
だがいかに素早く動けようとも
直後、女
「トゥステップ」
逃げ場を失った少女がそう
女
どこだ!? と女
ちょこまかと! 女
「スリーステップ!」
はっきりと少女が言い放った瞬間、その追い込まれた隅で群青の髪が竜巻のように回転し始めた。女
直後、目の前にあった群青の渦が消え失せ、女
見えたのは
思いっきり上半身を
直後、振り切る前のスクラマサクスの
まるで雷撃と斬り合っていた。
だが女
後頭部の中心に鋭い切っ先が突きつけられ、寸止めされている事実に、自分の立場をようやく認めた。
勝負などではない!
なぶり殺しの相手にされていた。
そう女
「あんた、
「アイリ・ライハラ──我の剣を弾きながらどうやって後ろに回り込めた!?」
「あんたが、
後頭部にあった圧迫感が薄れ少女が身を離したのを知っても、女
「わたしは
ゆっくりと振り向いた女
「
言いながらアイリは上目遣いに女
「あのとき寝ぼけてたんだ」
「ふざけるな! あれが寝ぼけていた動きだと!?」
女
「今はバッチし。あんたの動きがよく見えてた」
愛くるしく瞳を丸くして見せて、アイリ・ライハラがまた微笑むと、女