第23話 懇願(こんがん)

文字数 1,752文字

 臓腑(ぞうふ)の中央にある(あか)い魔石額に埋まる灰色の顔が大口開き地鳴りのような叫び声を浴びせた。

 その迫力にヒルダ・ヌルメラは横並びのアイリ・ライハラより後退(あとず)さろうとして脚を踏み止めた。

 身の端に火がつき(わめ)き散らしているのか。

 それとも呪い殺そうというのか。

 アイリ・ライハラが斬り込む前に自分が恩義に報いるのだと蛮族の国と云われるイルブイの強者(つわもの)らの頂点に立つヒルダ・ヌルメラは叫聲(おらびごえ)を絞り出し半月刀(シャムシール)を振り上げ駆けだした。

「うぉりゃああああああ!!!」

 臓腑(ぞうふ)の山の中央にある魔石を額に耀(かがや)かせる灰色の顔がいきなり縦に裂けると左右に開いた亀裂の内側に二重三重に牙乱れ並ぶ巨大な口となりそこから激しく揺れ動く数十の細い触手が飛ぶように吐き出されそれが女総大将にぶつかると一瞬で大柄な女戦士が巻きつかれ身動きとれなくなった。

「こ、この変態がぁああああ!」

 ぬらぬらと身体を顔を這い回り耳や鼻孔、(わめ)くヒルダの口にその触手が入り込もうとして女総大将は顔を激しく振って難を逃れようとした。

 駄目だぁ! いいようにされてしまう!

 ヒルダは苦渋の挙げ句、泣き顔になり首をよじってアイリ・ライハラへ振り向こうとした。

 その顔を巻きついた触手に強引に臓腑(ぞうふ)の化け物の大きな口の方へ向かされ乱杭の牙からだらだらと体液が(したた)るのを目鼻先に見てヒルダ・ヌルメラはいよいよ下手物(げてもの)(にえ)になるのだと息が止まった。

 いきなりその怪物の牙が瓦礫(がれき)の尖った岩の先端に化けた。

 眼を(しばた)いたヒルダは自分が地面に落ちたことを理解し()れ落ちた触手引き()り顔を横へ振り向けた。



 見上げた先に両腕で稲妻のような残像を()長剣(ロングソード)を回転させ右手で逆手に持ち顔の横に振り上げたアイリ・ライハラがいた。



 その群青の少女へ触手の嵐が(ほのお)に染まりながらも襲いかかった。





 先走ったヒルダ・ヌルメラが臓腑(ぞうふ)の怪物と化した魔女に囚われるとわかっていた。

 友をむざむざ供物(くもつ)にするつもりなどないとアイリは思った。


「覚悟────しておけ!」


 上目遣(うわめづか)いの少女がそう言い捨て一歩踏みだした刹那(せつな)、前傾したアイリ・ライハラの髪が数え切れないほどの様々な群青の光りを放ち地獄の化け物を照らしだした。

 両手で振り回す(ソード)が稲妻の(おび)となり長いリボン振り回すのように駆け踊りヒルダ・ヌルメラを捕らえた触手を次々と断ち()り落とした。

 ライトニング・ソー(雷光の剣)ド振り回し回転させ縦や横へ駆け巡らしそれが芯の(ぞう)を、射し込むような意識を(あお)る。



 魔女ミルヤミ・キルシの力の(みなもと)────蝿の王ベルゼビュートの首を()ねたのはこの俺だとアイリ・ライハラは前を(ふさ)臓腑(ぞうふ)の壁を(にら)みつけた。



 お前の悪の根源(こんげん)はとうに壊滅させた。

 化け物じみたこれにしがみつくお前の意識の奥底にあるものを(えぐ)りだす。

 そう心に刻みながら、アイリ・ライハラ次々に脚を繰りだしてゆく。

 ぎらぎらと照らしだす怪物のすべてが()えきらず枯れ果ていたる処から狂ったように煙り立ち上らせ、飛び火のように燃え上がる部位が増えていた。

 手足であり口である──お前の末端の悲鳴を聞いているか。

「聞こえているか、ミルヤミ・キルシ!」

 怒鳴りつけ追い込み、逃げ場を(つぶ)してゆく。

「お前の隠れる(ほら)である黄泉までも俺は追い込んでゆくぞ!」

 狂ったように臓腑(ぞうふ)の継ぎ目から繰り出す化け物の触手がとうとうその生みだす付け根から(ほのお)噴いて切れ落ちだした。

 寸秒、臓腑(ぞうふ)の壁に届いたアイリ・ライハラは相手の血肉を深々と稲妻の(つるぎ)()りつけた。

 まるでそれを待っていたように魔女ミルヤミ・キルシの成れの果ては大きく上と左右に伸び一瞬で群青の騎士を包み込むように喰らいついた。



「この瞬間────」



 一斉に吹き出した消化液を全身に浴びながらアイリ・ライハラは押し殺した声で言い捨てた。



「────お前は()んだんだよ」



 振り上げた長剣(ロングソード)を内壁の上に打ち込み少女は群青の髪を振り上げ一気に(ブレード)を前へ(たた)き落とすとばっくりと開いた臓腑(ぞうふ)の奥に裸の全身から枝分かれする繊維で怪物に繋がり操り人形のように俯いてぶら下がったアーウェルサ・パイトニサム()の魔女のキルシが顔を上げ赤い瞳から一滴大粒の涙を(ほお)に流すと懇願(こんがん)した。



「お願いだ──アイリ・ライハラ────死んでくれ」



 無言で(にら)み据え、その首を(ソード)のハンドルから離した左手で少女騎士は鷲掴(わしづか)みにした。








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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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