臓腑の中央にある
朱い魔石額に埋まる灰色の顔が大口開き地鳴りのような叫び声を浴びせた。
その迫力にヒルダ・ヌルメラは横並びのアイリ・ライハラより
後退さろうとして脚を踏み止めた。
身の端に火がつき
喚き散らしているのか。
それとも呪い殺そうというのか。
アイリ・ライハラが斬り込む前に自分が恩義に報いるのだと蛮族の国と云われるイルブイの
強者らの頂点に立つヒルダ・ヌルメラは
叫聲を絞り出し
半月刀を振り上げ駆けだした。
「うぉりゃああああああ!!!」
臓腑の山の中央にある魔石を額に
耀かせる灰色の顔がいきなり縦に裂けると左右に開いた亀裂の内側に二重三重に牙乱れ並ぶ巨大な口となりそこから激しく揺れ動く数十の細い触手が飛ぶように吐き出されそれが女総大将にぶつかると一瞬で大柄な女戦士が巻きつかれ身動きとれなくなった。
「こ、この変態がぁああああ!」
ぬらぬらと身体を顔を這い回り耳や鼻孔、
喚くヒルダの口にその触手が入り込もうとして女総大将は顔を激しく振って難を逃れようとした。
駄目だぁ! いいようにされてしまう!
ヒルダは苦渋の挙げ句、泣き顔になり首をよじってアイリ・ライハラへ振り向こうとした。
その顔を巻きついた触手に強引に
臓腑の化け物の大きな口の方へ向かされ乱杭の牙からだらだらと体液が
滴るのを目鼻先に見てヒルダ・ヌルメラはいよいよ
下手物の
贄になるのだと息が止まった。
いきなりその怪物の牙が
瓦礫の尖った岩の先端に化けた。
眼を
瞬いたヒルダは自分が地面に落ちたことを理解し
斬れ落ちた触手引き
摺り顔を横へ振り向けた。
見上げた先に両腕で稲妻のような残像を
曳く
長剣を回転させ右手で逆手に持ち顔の横に振り上げたアイリ・ライハラがいた。
その群青の少女へ触手の嵐が
焔に染まりながらも襲いかかった。
先走ったヒルダ・ヌルメラが
臓腑の怪物と化した魔女に囚われるとわかっていた。
友をむざむざ
供物にするつもりなどないとアイリは思った。
「覚悟────しておけ!」
上目遣いの少女がそう言い捨て一歩踏みだした
刹那、前傾したアイリ・ライハラの髪が数え切れないほどの様々な群青の光りを放ち地獄の化け物を照らしだした。
両手で振り回す
剣が稲妻の
帯となり長いリボン振り回すのように駆け踊りヒルダ・ヌルメラを捕らえた触手を次々と断ち
斬り落とした。
ラ
イトニング・ソード振り回し回転させ縦や横へ駆け巡らしそれが芯の
臓を、射し込むような意識を
煽る。
魔女ミルヤミ・キルシの力の
源────蝿の王ベルゼビュートの首を
刎ねたのはこの俺だとアイリ・ライハラは前を
塞ぐ
臓腑の壁を
睨みつけた。
お前の悪の
根源はとうに壊滅させた。
化け物じみたこれにしがみつくお前の意識の奥底にあるものを
抉りだす。
そう心に刻みながら、アイリ・ライハラ次々に脚を繰りだしてゆく。
ぎらぎらと照らしだす怪物のすべてが
堪えきらず枯れ果ていたる処から狂ったように煙り立ち上らせ、飛び火のように燃え上がる部位が増えていた。
手足であり口である──お前の末端の悲鳴を聞いているか。
「聞こえているか、ミルヤミ・キルシ!」
怒鳴りつけ追い込み、逃げ場を
潰してゆく。
「お前の隠れる
洞である黄泉までも俺は追い込んでゆくぞ!」
狂ったように
臓腑の継ぎ目から繰り出す化け物の触手がとうとうその生みだす付け根から
焔噴いて切れ落ちだした。
寸秒、
臓腑の壁に届いたアイリ・ライハラは相手の血肉を深々と稲妻の
剣で
斬りつけた。
まるでそれを待っていたように魔女ミルヤミ・キルシの成れの果ては大きく上と左右に伸び一瞬で群青の騎士を包み込むように喰らいついた。
「この瞬間────」
一斉に吹き出した消化液を全身に浴びながらアイリ・ライハラは押し殺した声で言い捨てた。
「────お前は
摘んだんだよ」
振り上げた
長剣を内壁の上に打ち込み少女は群青の髪を振り上げ一気に
刃を前へ
叩き落とすとばっくりと開いた
臓腑の奥に裸の全身から枝分かれする繊維で怪物に繋がり操り人形のように俯いてぶら下がったアーウェルサ・パイトニサム
裏の魔女のキルシが顔を上げ赤い瞳から一滴大粒の涙を
頬に流すと
懇願した。
「お願いだ──アイリ・ライハラ────死んでくれ」
無言で
睨み据え、その首を
剣のハンドルから離した左手で少女騎士は
鷲掴みにした。