第5話 いい湯だな

文字数 1,710文字

 湯浴(ゆあ)みする女騎士ヘルカ・ホスティラは髪にゴシゴシと石けんを押しつけ何としても油を落とそうと必死だった。

 掘りから近衛兵4人に2本のロープをかけられ苦労して上がったヘルカは油を掘りにぶち込んだ奴を殴り倒そうとそこいらの兵に食ってかかったが油臭さに男らが逃げまどうと、王妃(おうひ)イルミ・ランタサルに白い目で見られていることに気づき湯浴(ゆあ)みに向かった。

 ヌルヌルの胸当(ブレスト・プレート)を脱いでいてヘルカはヴァンパイアがどうなったのだと思い出したが湯浴(ゆあ)みの後でいいやと開き直った。

 髪から大方の油を落としたころ女騎士はアイリ・ライハラのまがい物を思いだした。

 顔は少女に似ていたが、歳は自分より下だとと見透かした。

 少女の青髪はとても珍しいとヘルカは何度も思ったことがある。恐らくは大陸中を探しても見つからないかもしれない。

 それが跳ね橋の上にいた。

 もしかしたらアイリの縁戚(えんせき)かもとヘルカは思う。母親にしては若すぎる、妹ということはないだろう。じゃあ姉だ。もしかして本当に姉ならあの小娘よりも強い剣豪(けんごう)かもしれない。アイリ・ライハラに輪をかけて強かったら大騒ぎになるぞ。

 少女は百人相手の通し稽古(げいこ)ですら楽々とこなして、今や軍国デアチの兵らですらあれを馬鹿にするものは見なくなっていた。


「うひっ!」


 ヘルカ・ホスティラはこれで剣竜騎士団の臨時騎士団長の座を抜け出せるぞとウキウキしてきた。

 そのための壁は────イルミ・ランタサルだぁ。

 あの戦闘用馬車(チャリオット)の車輪の(ごと)くよく回る口先を丸め込めたら────。

「無理だぁ!」

 女騎士は湯船の中で泡だらけの頭抱え込んだ。

 胸のでかさで勝ててもあの女に口先で勝てる自信がない。

「いいや、何としてもアイリ・ライハラの姉を騎士団長にするんだぁ!」

 かけ声一発立ち上がったヘルカ・ホスティラはすっぽんぽんなことも忘れ、湯浴(ゆあ)み部屋を出て居間を通り過ぎ廊下に出て(あわ)てて部屋に走り戻った。





 ヴァンパイアではないのよと言いくるめて人払いをし、ヌルヌルの甲冑(アーマー)を脱がせて王妃(おうひ)イルミ・ランタサルは眼が点になった。

 年増(としま)のアイリ・ライハラが耳打ちした通り、あの死んだはずのマカイのシーデ姉妹の1人だった────がぁ、何なんだこ奴の髪型は!?

 半分がツルッぱげぇかと思えば金髪の後ろ髪はしっかりとあり、しかも額には蹄鉄(ていてつ)のU字の火膨(ひぶく)れが赤々と紋章(クレスト)のように入ってる。その焼き印は冥府(めいふ)の王ハデスが入れるのだろうかとイルミは思った。

 王妃(おうひ)はアイリ・ライハラを引き寄せ小声で尋ねた。

黄泉(よみ)に落ちるとこんな(はずかし)めをうけるの?」

 年増(としま)のアイリ・ライハラが(かぶり)振った。

「いやぁ、あそこにいた時は普通だったんだけどぉ」

 それじゃあ、黄泉(よみ)がえるとこんな風になるのかとイルミは背筋に震えが走った。

 テレーゼ・マカイは湯浴(ゆあ)み手伝うアイリ・ライハラと一緒に新しい王妃(おうひ)がいて時折アイリに何事か(ささや)くことに困惑していた。

「アイリ、そちのことを兵らは気づいたようだが騎士団長と呼んでもらえないな」

「あはははは、いいじゃん。このまま剣竜騎士団の騎士団長止めちゃうんでテレーゼがやれよ」

 いきなり王妃(おうひ)から頭(たた)かれアイリは唇尖らせイルミへ振り向いた。

「な、なにすんだよ!?」

「十字軍大将であるあなたが騎士団長をしなくてどうするの!」

 背を流してもらっていたテレーゼ・マカイが振り向いて泡を飛ばした。

「な、何の冗談だ!? 十字軍大将とは!?」

 アイリが泡だらけの手で頭()きながら苦笑い浮かべ説明した。

「いやぁ、馬鹿な天使にヨハネ・オリンピア・ムゼッティが(そそのか)されて大将にさせられたんだ」

「ヨハネ・ムゼッティって教皇(きょうこう)じゃないかぁ!?」

 驚きっぱなしで問い続けるヴァンパイア容疑の女に王妃(おうひ)が確証した。

「本当ですよ。まだ少女のままの懐刀(ふところがたな)がこの国に戻って来たときに教皇(きょうこう)と十字軍の一部がついて来ましたから」

 顔を逸らしたテレーゼ・マカイは姉と2人で勝てなかったこの背中流す娘に畏怖(いふ)を感じお湯につかりながら鳥肌立った。

「テレーゼ、お前鳥肌だぞ」

 アイリに言われテレーゼ・マカイは(あわ)てて言い(つくろ)った。



「お、お前の手使いが──え、Hっぽいからだぁ」



 テレーゼの後ろでアイリ・ライハラが王妃(おうひ)に頭をまた(たた)かれた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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