第2話 名づけ親
文字数 2,113文字
馬車から侍女 が恐るおそる顔をだし、そばに倒れている盗賊を眼にして息を吸い込むような悲鳴を上げ掛けた。そして王女イルミがそのそばで細長い僅 か反った剣を持つ青髪の少女と話してるのを眼にし、盗賊の残りに脅されていると勘違いした。
「近衛兵──近衛兵、来て!」
その声に王女とその青髪の少女が振り向いた。
「大丈夫ですよ、ヘリヤ」
そうイルミが言っても侍女 は蒼白な顔で王女に懇願 した。
「でも──王女様──危ないですから──馬車にお戻り下さい」
侍女 がそう言った瞬間、青髪の少女が驚いた顔を浮かべ左膝 を立て右膝 と両手のひらを地面につけ頭 を垂れた。
「失礼いたしました。イルミ王女様と存じませぬ無礼、お許しください」
顔を戻したイルミがかしこまった少女に軽く笑い声を上げた。
「顔をお上げなさいな、アイリ・ライハラ。そなたのような勇猛果敢 なものがそう易々 と頭を下げるものでないわ。でも──」
イルミ・ランタサルが言葉を句切りアイリが伺 うように顔を上げると満悦の表情が見つめていた。
「そなたの見事な髪を愛 で楽しませてくれると言うのなら別ですけれども」
「王女様、髪色のことはご勘弁ください」
そう言いアイリが右手を肩後ろに回しマントのフードを引き上げようとすると王女が止めた。
「どうして隠すんです? そなたの髪色、どんな宝石よりも美しいのに。ところでアイリとやら、そなたが使った瞬殺剣技はどこで身につけたのですか? 配下の騎士団長も青ざめるような見事な撃刀」
「誰からも習いませぬ。身を護るため磨き上げました」
イルミは眼を丸くし驚いた。少女をどこかの領主に囲 われた警固傭兵 の娘ぐらいに想像していた。
「アイリ、そなた生業 は? 行商?」
「鍛冶 をする父を手伝っております。今日は領主様へご注文の品を届けた帰りすがり通りかかりました」
辺りには三つの荘園 があるとイルミは思いだした。何 れかの領主が傭兵 の武具でも頼んだのだろう。そうして彼女はたった今、眼にした少女の剣技に思いを馳 せた。
父親の打つソードを振り回しているうちに覚えた太刀打ちにしては見事過ぎた。年端 ゆかぬゆえ騎士には無理でも近衛兵として傍におけば数年で近衛兵長を脅かす存在になれるだろうと胸が躍った。
いいや、すでに近衛兵長と互角の腕を持っている。
「アイリ──」
「はい、王女様」
「見ての通り、わたくしの警固たる兵と馬車を操る従者は事尽 きております。城までそなたに馬車を任せ警固もお願いしたい」
「えぇ!」
アイリは片眉をひきつらせた。
「ええ? ですか。『ええ』、了承ということですね」
イルミ王女に畳み込まれアイリは顔を逸らしブツブツと呟 いた。
「荷馬車をこんな物騒なとこに放置したら──オヤジに飯抜きに、いいや──殺される──」
「大丈夫ですよ、アイリ。馬車にその荷馬車を曳 かせれば」
聞かれてしまったとばかりに少女は振り向き眼にした満面の笑みを浮かべる王女に悟 った。
しまった! デカい馬糞を踏んづけた!!
この女──言いだしたら引かないタイプだ!
とんでもない奴に関わった!
「さあ、お立ちなさい。城へ早く戻りたくて──」
言いながら王女が右手の指を怪しく蠢 かせるのを眼にしてアイリは瞳を丸くし、ロープを取るために荷馬車へ剣を引きずりながら戻って行った。
一時間あまり御者 を勤めアイリは広いディルシアクト城が丘の頂に見えてくると胸をなで下ろした。
曳 く馬が尻尾を十回揺らす都度にイルミ王女は馬車の中から少女に声をかけ根掘り葉掘り色んなことを尋ね続けていた。
ねえ、アイリから始まり、最初はあなたはどんな食べ物が好きかとか、どんな遊びが好きかとかだったが、喧嘩も強いのかや、剣で負けたことはとか、それに関して妙に絡むと手綱 を握る少女はうんざりしていた。
「ねえ、アイリ──あなたの撃刀に名前はあるの?」
勝手に覚えた剣の振り回し方に名前なんてあるもんかとアイリは一度口を曲げありませんと素っ気なく答えた。
「それじゃあ、わたくしが名付け親になりましょう」
どうせ王女は馬鹿げたことを言いだし一笑いするぞとアイリは彼女へ聞こえないように鼻であしらった。
「ブルー・ライトニングよ」
「蒼 い稲妻? ──ですか」
「そうよ。あなたが疾風のごとく駆けソードを振り回す時に踊る髪が稲光 のようだもの」
悪くねぇ、とアイリがにやけ始めると城門が近づき、少女は掘りの手前で馬を止めた。その嘶 きに城門の上の突き出した小部屋 から軽装の門兵が顔を覗 かせ声をかけた。
「おい、御者 ! それは王女様の馬車ではないか!? その馬車をどうやって手に入れた?」
問いながら兵は王女のキャリッジに不釣り合いな荷馬車が曳 かれているのを見て視線をフードを被った御者 に戻した。
「わたくしよ! 開けてちょうだい!」
いきなり馬車から身を乗り出し頭上の兵にイルミ王女が明るく声をかけると、兵は慌てて頭を下げ窓から姿を消した。そうしてほどなくして城門の扉となる重く大きな跳ね橋がゆっくりと下ろされアイリ・ライハラは生まれて初めて君主の城内を眼にして驚いた。
城の中に町が見え人々が活気を放っていた。
その住人達へ、少女が知れ渡るのに半日も必要でなかった。
「近衛兵──近衛兵、来て!」
その声に王女とその青髪の少女が振り向いた。
「大丈夫ですよ、ヘリヤ」
そうイルミが言っても
「でも──王女様──危ないですから──馬車にお戻り下さい」
「失礼いたしました。イルミ王女様と存じませぬ無礼、お許しください」
顔を戻したイルミがかしこまった少女に軽く笑い声を上げた。
「顔をお上げなさいな、アイリ・ライハラ。そなたのような
イルミ・ランタサルが言葉を句切りアイリが
「そなたの見事な髪を
「王女様、髪色のことはご勘弁ください」
そう言いアイリが右手を肩後ろに回しマントのフードを引き上げようとすると王女が止めた。
「どうして隠すんです? そなたの髪色、どんな宝石よりも美しいのに。ところでアイリとやら、そなたが使った瞬殺剣技はどこで身につけたのですか? 配下の騎士団長も青ざめるような見事な撃刀」
「誰からも習いませぬ。身を護るため磨き上げました」
イルミは眼を丸くし驚いた。少女をどこかの領主に
「アイリ、そなた
「
辺りには三つの
父親の打つソードを振り回しているうちに覚えた太刀打ちにしては見事過ぎた。
いいや、すでに近衛兵長と互角の腕を持っている。
「アイリ──」
「はい、王女様」
「見ての通り、わたくしの警固たる兵と馬車を操る従者は事
「えぇ!」
アイリは片眉をひきつらせた。
「ええ? ですか。『ええ』、了承ということですね」
イルミ王女に畳み込まれアイリは顔を逸らしブツブツと
「荷馬車をこんな物騒なとこに放置したら──オヤジに飯抜きに、いいや──殺される──」
「大丈夫ですよ、アイリ。馬車にその荷馬車を
聞かれてしまったとばかりに少女は振り向き眼にした満面の笑みを浮かべる王女に
しまった! デカい馬糞を踏んづけた!!
この女──言いだしたら引かないタイプだ!
とんでもない奴に関わった!
「さあ、お立ちなさい。城へ早く戻りたくて──」
言いながら王女が右手の指を怪しく
一時間あまり
ねえ、アイリから始まり、最初はあなたはどんな食べ物が好きかとか、どんな遊びが好きかとかだったが、喧嘩も強いのかや、剣で負けたことはとか、それに関して妙に絡むと
「ねえ、アイリ──あなたの撃刀に名前はあるの?」
勝手に覚えた剣の振り回し方に名前なんてあるもんかとアイリは一度口を曲げありませんと素っ気なく答えた。
「それじゃあ、わたくしが名付け親になりましょう」
どうせ王女は馬鹿げたことを言いだし一笑いするぞとアイリは彼女へ聞こえないように鼻であしらった。
「ブルー・ライトニングよ」
「
「そうよ。あなたが疾風のごとく駆けソードを振り回す時に踊る髪が
悪くねぇ、とアイリがにやけ始めると城門が近づき、少女は掘りの手前で馬を止めた。その
「おい、
問いながら兵は王女のキャリッジに不釣り合いな荷馬車が
「わたくしよ! 開けてちょうだい!」
いきなり馬車から身を乗り出し頭上の兵にイルミ王女が明るく声をかけると、兵は慌てて頭を下げ窓から姿を消した。そうしてほどなくして城門の扉となる重く大きな跳ね橋がゆっくりと下ろされアイリ・ライハラは生まれて初めて君主の城内を眼にして驚いた。
城の中に町が見え人々が活気を放っていた。
その住人達へ、少女が知れ渡るのに半日も必要でなかった。