第2話 及(およ)ばない

文字数 1,668文字

 砂丘を越え見え隠れした大小のものらが近づいてくる──貴族のような正装をした背の高い男とドレスを着た小娘──そのどちらもブラックバックの雄のような捻れた(つの)を持っていることで間違いなく魔族だとヘルカ・ホスティラは思った。

 馬車(キャリッジ)3台分までそいつらが来ると女騎士は長剣(ロングソード)のハンドルに手をかけた。

「お初にお目にかかります。我々は妖魔族一派終焉(しゅうえん)の六災厄が一人──火刑人のヴェラが公人のローデリヒとロミルダと申します」

 魔族らの2人がお辞儀し兵士らが(ソード)のハンドルに手をかけ引き抜こうとしてヘルカの両側から踏みだしかかり女騎士が左腕を横に伸ばし制した。

「待て! (われ)はノーブル国リディリィ・リオガ王立騎士団第3位騎士ヘルカ・ホスティラなる。貴君らは何をしに来た!?」

「勧告に参りました」

 そうローデリヒが落ち着いた声で言い切るとヘルカの斜め後ろにいるイルベ連合のセタラ連隊長が声を裏返させた。

「勧告ですと!?」

「さよう。抗うことなくこの国すべての命差し出せば苦痛なく一夜で死ぬことを(ゆる)しましょうぞ」

 和議の具申かと一瞬思い狼族(ライカン)らがいなくなったらこの(ざま)だとヘルカは鼻筋に(しわ)を刻んだ。

「見たところ貴君ら2名────返り討ちにするとしたら如何(いか)に?」


「笑止、我々どころかこのロミルダ1人にさえそこにいるお前らすべてが太刀打ちできぬ」


 そう長身の妖魔ローデリヒが告げアイリ・ライハラほどの背丈の少女ロミルダの肩に手をかけ押し出した。

 兵士千人を引き連れていながらこんな小娘1人に勝てぬと言うのか。ずいぶんと安く見られたものだと女騎士は眼を細め言い返した。

「貴君らが如何に強かろうとこのヘルカ・ホスティラと北を守備するアイリ・ライハラには勝てないな」

 妖魔ローデリヒが怪訝(けげん)な面もちになって問うた。

「アイリ・ライハラ? 北側なら(われ)らが指揮官火刑人のヴェラ様が向かわれている」

「それならアイリに徹底的にやられるぞ」

 そうヘルカは言い切り魔族らを(さげす)んだ眼で(にら)むと妖魔の男が宣言した。

「ふん、ヴェラ様に勝てる人間なぞいませんよ」

 あぁ、こいつ敗戦フラグが立っていると女騎士は眼を細めた。





 砂丘を乗り越えてくる灰色の流れが何なのかアイリ・ライハラは眼を凝らした。

 その灰の波は押し寄せてくるだけでなく上下に揺れている。

 数え切れぬ骸骨兵(スケルトン)が上下に揺れながら押し寄せてくると気づいて少女と兵士らは一斉に(ソード)を引き抜いた。

 その骸骨兵の中央奥に人骨で飾った御輿(みこし)が揺れていた。

 一斉に骸骨兵(スケルトン)が立ち止まるとその前面に御輿(みこし)が送られ下ろされた。


 御輿座(みこしざ)に腰を下ろすのは耳長の大きな巻き(つの)を持ったアイリほどの歳嵩(としかさ)に見える金髪の妖魔がいた。







「人間どもよ平伏(へいふく)せよ」


 その御輿(みこし)(かたわ)らの骸骨兵(スケルトン)の1体が肉もないのに声を響かせた。だがそのような魔物に命じられ頭下げる人間などいなかった。

「聞く姿勢がないので強制する」

 そう告げその骸骨兵(スケルトン)は身に着けた甲冑(アーマー)から巻物を取り出すとそれを縦に広げ大声で読んだ。

"Dich zwingen, niederzuknien und deinen Kopf zu beugen!!!"
(:(ひざまず)き頭を下げよ)

 直後、アイリ・ライハラとイルベ連合の兵士らは頭上に重石を載せられたように砂地にひれ伏した。

 少女が両腕を立てその魔力に抗い顔を(わず)かに上げ御輿(みこし)(にら)むと妖魔族の火刑人が(さげす)んだ。


「45年あれど蛆虫(うじむし)どもは何も学ばなかったのだな」


 見てくれ通りの未成熟な声だった。

(われ)の名はヴィラ──終焉(しゅうえん)の六災厄が一人──火刑人を生業(なりわい)にしている」

「我々イルベ連合は──貴様のような魔族には決して────」

 カンナス対魔族団大隊長が妖魔の幹部に宣言しかかった。

 ヴィラが御輿座(みこしざ)(かす)かに視線動かすと兵士らの指揮官は火焔(かえん)吹き出し火達磨(ひだるま)になった。

 流し目でその惨劇を見たアイリ・ライハラは一気に血の気が引いた。魔法使うきっかけも感じられなかった。ドラゴンブレスのような脈流もない。


 こいつ滅茶苦茶ヤバい奴じゃん!


 視線振り戻したアイリ・ライハラは妖魔族の幹部が小さな唇を吊り上げているのを眼にして思った。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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