尽きるところ、情を少しでも感じたのが間違いだったのかとアイリ・ライハラは思った。
孫を思う魔女ミルヤミ・キルシの考えや気持ちが信じられなくなった。
隙を見せるとこの有り様だ。
凄まじい群青の
耀き
溢れさせたアイリは稲妻のような
長剣を下に振り回し、流れ押し寄せる魔の
臓腑を両断した。
斬った境から
臓腑は枯れ果て
焔が広がった。
血管か筋かわからぬもの多数にぶら下がった魔女キルシは
形振りかまわなかった。左右の腕を交互に前後に振ると
臓腑の内壁から多数の触手が飛び出しアイリに向かった。
だがどれもすぐに枯れ
焔上げ燃え堕ちる。
その真に
悪辣な魔女を相手する前に群青の少女は
剣を横へ大振りして1回転すると、
鎌鼬のような旋風に外にいるアレクサンテリ・パイトニサムは派手に背後へ飛ばされた。
ふたたびミルヤミ・キルシへと向いたアイリは悪女を
睨み据え
長剣を両手で正面に構え、
刃口振り上げ
刃を顔の右横へ持ってきて言い捨てた。
「終わりにしようじゃないか────」
その寸秒、魔女ミルヤミ・キルシは異様な面妖になると、凄まじい歯ぎしりをして身の毛もよだつ音を放った。
孫への暴力を
怒ったのか、
己の思い通りにならぬ状況に苛立ったのか、アイリにとってどちらでもよかった。
「言っておくが、俺強いぞ!!!」
雷光の帯と化した
長剣を爆速で振り回し狭い
臓腑の
洞を稲妻が駆け回り一瞬で裏の魔女
吊すすべての
紐帯を
叩き
斬った。
紅い肉の床に
崩れ落ちたミルヤミ・キルシは震える片腕着いて身を起こそうとしながら宿敵へ
喚いた。
「く、糞アイリ・ライハラ────この程度のことで
我を殺せるなど──思い上がるな──小便臭い小娘がぁ────」
上半身すら思い通りに起こせずその口上かとアイリ・ライハラは
長剣の
刃口を裏の魔女キルシの額寸前に振り止め言い切った。
「
討伐隊として来たんだ──殺そうが、
捕縛しようが────」
剣の
刃口を魔女の額に押しつけその鋭利な先端から黒い雫が膨れ鼻筋の横に垂れ始めた。
「俺の気持ち次第だろうがぁ!!!」
恐れ入るかと少女は思った。だが額を
斬られながら振り上げた魔女の黒い瞳が三白眼でアイリ・ライハラを見上げ
睨みつけた。
「この糞騎士──
小賢しいガキ────これから最大の呪いをお前にかける
詠唱を────」
言い続けている魔女の
左頬をアイリは
長剣の
樋(:
刃の平たい部分の中央の溝)で殴りつけミルヤミ・キルシは横へ跳ばされ
臓腑の壁に
右頬から激突した。
「な、なん──の──これしきィ────貴様を────きさまを────────」
アイリ・ライハラは
蒼い瞳の流し眼で裏の魔女ミルヤミ・キルシを冷ややかに見下ろし思った。
こいつを駆り立てる底力はなんだ!?
怨みとか悪とは別もののような気がするのはなぜだ!?
臓腑の
洞の外から聞こえた怒鳴り声に少女は気が
逸れた。
「やいアイリ・ライハラ! 俺と勝負しろ!
祖母さまと関わるな!!」
一瞬、アーウェルサ・パイトニサム
裏の魔女キルシの瞳が
潤んで見え疑念が
囁きとなってアイリの口をついた。
「キルシ────お前まさか──本当に────────」
寸秒、アイリはテレーゼ・マカイを殺され逆上したテレーザ・マカイの顔を思いだした。
不意に少女は肉の床に片腕着いて半身起こした魔女へ駆け寄り
傍へ
片膝着いて
囁いた。
「絶命する振りをしろ────孫は見逃してやる」
愕き顔のミルヤミ・キルシは言われたことの意味を即座に理解し小さく
頷くとアイリ・ライハラは大声で宣言した。
「
止めだ魔女め!!!」
「ぎゃああああああ!!!」
キルシの
嗄れた絶命が収まると肉壁の裂け目から
剣落とす音が聞こえアイリ・ライハラは横目で外と
洞の内に気を配った。
もしアレクサンテリ・パイトニサムが
諦め立ち去らなければ、2人の首を
刎ねることになる。
眼の前でうなだれる稀代の魔女を見つめながらアイリ・ライハラはそうならぬことを祈った。