第17話 信仰心
文字数 2,066文字
剣振り上げた5人の近衛兵をアイリ・ライハラは叩き倒し少女と異端審問官ヘッレヴィ・キュトラは公開裁判の傍聴人らの間を抜け追いかけてきたデアチ国兵士を引き連れたまま居館の間の狭い道に走り入った。
その細長い路地に入るなりアイリは立ち止まり振り向いて両手に持つ2本の椅子の足で兵士7人をあっというまに倒してしまった。
兵士らが呻き声をあげ起き上がりそうにもないのを確かめ少女が振り向くとヘッレヴィ・キュトラは逃げずに見守っていた。
そうして2人は目配せし居館の間をまた走り始めるとヘッレヴィはアイリに尋ねた。
「どうして────どうして我を助けた?」
「え? だって王妃の好きにさせとくとあんた本当に極刑にされそうだったじゃん」
女異端審問官は押し黙ってしまった。魔女だと決めつけようとした少女は兵士らを倒すのに魔力を使わず棒を振り回し剣士らしく振る舞っている。しかも騎士の矜持を見せている。この娘、本当に魔女ではないのか!?
路地を3つ角曲がると走り続けると目立つので2人は歩きだした。
「だが貴公を魔女に認定させ焼き殺すところだったんだぞ」
それを聞いてアイリは高笑いした。
「魔女じゃないけど、大人しく焼かれるつもりもなかったよ。まあ、ひと暴れして逃げだすつもりだったけど」
異端審問官は多数の近衛兵をものともせず剣術のみで切り抜けるこの少女なら確かに腕が立つので死刑執行も難なく逃げ出せそうな気がした。
「まあ、これで私は異端審問官の任を解かれるだろう。いや、もう審問官ではない」
「あぁ、それじゃ困るだろう。食べてゆくのに働かないといけないし」
「なんとでもなる。商人でも農民でも、居酒屋の給仕でもやる」
勤勉さはあるんだとアイリは思った。役人は楽そうに見えてあんまり働いていないように思っていた。
「異端審問官ってお給金高いの?」
軽くヘッレヴィは笑った。
「そうでもないさ。近衛兵の古参と同じ程度だよ。どうしてだい?」
意外だと少女は思った。魔女を多く見つけて裁けば教会からその分褒美が沢山もらえるぐらいに今まで考えていた。
「いやぁ異端審問官ってどこでもとり憑かれたように魔女を探しだして捕らえて来るだろ。その働きが報奨になるのかなぁと思ってたりするわけ」
またヘッレヴィ・キュトラが軽く笑いとばした。
「アイリ・ライハラ、貴君は裏表のないやつだな」
少女は苦笑いして頭を椅子の足で掻いた。
「貴君は神を信じているか? 信仰心は深いのか?」
ヘッレヴィが真面目な口調で尋ねているのでアイリは本心で応えた。
「ん──神はいるさ。信仰心って、それをどれくらい本気で思っているかだろ」
少女は神の剣といわれる眷族の事は隠した。
「まあ、あってる。信仰心は理屈でなく心で神をどう受けとめているかの疑わない有り様なんだ」
有り様? 態度かな、と少女は思った。ヘッレヴィが詮索せずに神様を信じてるのかいぐらいに言ってるのだと思った。
「まあ信じてる」
「良いことだ。だが世の中には教会に敵対する勢力がありそれは邪教であり、魔導宗教であったりと教会信者を惑わす。魔女はその一派なんだ。それは神の有り様を崩そうとするので教会としてはほっとくわけにはゆかないだろ」
だろ──と言われてもそんなのほっとけばいいじゃんとアイリは思った。惑わされる自体が信じてない証拠だろうと考える。信じていたら火炙りにされても最後の最後に救われるだろうしと考えて魔女を引き合いに出した。
「悪い魔女は死ぬまで悪魔と契っているから見つけだして命を奪うの?」
「奪ってはいない。邪教から宗旨替えさせている。邪教から断ち切り神を信じる無垢なるものとして復活の道を示しているし、汚さず守り抜くものでなければ永遠の滅びの道しかないんだ」
アイリは真顔で語る異端審問官の横顔を横目でじっと見つめた。
何だか剣先を向けられ戦い死ぬか、負けを受け入れ服従するかと敵に言われている気がした。
何を思い、何を探すか、は人の自由だと思う。意に染まぬからと滅びの呪詛を浴びせられてもなぁとも感じた。
それに信じる、信じない、も自分の胸に息づく群青の輝きがヘッレヴィ・キュトラの言う神にもっとも────!
路地の先に高い所から男が2人飛び下りてきて曲げた膝を伸ばし立ち上がった。2人とも暗い赤紫のフードを深めに被り鼻筋から下しか顔が見えない。それぞれ素手だが腰と肩からクロスで回したベルトに複数の短めの鞘とハンドルが見えている。その1本は明らかにソード・ブレイカーだった。
アイリ・ライハラは2人に死んだイラ・ヤルヴァと同じ匂いを嗅いだ。
こいつら暗殺者だ!
だが少女は殺気が自分に向けられていない事に気づき自分が両手握るのが短めの木の棒で舐められているのだと思った。
後退さるヘッレヴィ・キュトラとアイリ・ライハラの背後の石畳に人の飛び下りてきた音が聞こえ少女が横顔を振り向けると同じ出で立ちの男らが2人立ち上がり退路を塞がれてしまった。
取り囲んだ男らが薄ら笑いすら見せない事にアイリ・ライハラは少々厄介だと思った。
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