第3話 強健派

文字数 1,706文字


 垂れ幕の後ろに隠れ円卓会議を聞いていたアイリ・ライハラは開戦に腐心するくるんくるんに申し訳なく思った。

 武勇を誇る大国デアチなのでさぞ参戦へ挙手(きょしゅ)するものが多いと思っていたアイリは騎士らにも(いくさ)に用心深い考えを持っているのを聞いていて少し安心感を持った。

 この国にも暴走を抑制する一派がいるのだ。

 1人で東の大国イモルキに乗り込んで暴れても満足は得られそうになかった。

 ある程度の人数で嵐のように蹂躙(じゅうりん)してやりたかった。

 ふとアイリは自分はこんなにも暴力的だったのかと困惑した。だが自分の有り様を父クラウス・ライハラは望んで色々と教え込んだのだ。

 怨恨(えんこん)は父を追い立てた連中への答えだ。

 荒れて聞こえる円卓の様子を聞くに堪えずアイリ・ライハラは垂れ幕から離れ謁見(えっけん)の間の裏口から後にした。

 誰かこの気持ちに賛同してくれる人がいないかと城内をぶらぶらして回って庭園のベンチにテレーゼ・マカイの姿を眼にして誰かと座って楽しげに話しているので誰と一緒にいるのだと回廊の柱の陰からじっと見つめてアイリは驚いた。


 テレーゼ・マカイと瓜二つの顔をしている!?


 まさか姉のテレーザ・マカイなのかとアイリは息を呑んだ。ばらばらにした()げ句、冥府(めいふ)でも見捨てた女だ。顔を見間違うはずはなく、そういえば銀眼の魔女を倒した時に解放した天使が望みを尋ねてテレーゼは姉が心入れ替え戻ってくるようにと願ったと言っていたのを少女は思いだした。

 本物だろうか、という以前にテレーゼが陽気に話しているその様子に見間違いではないとアイリは思った。

 少女は部屋に(ソード)を取りに行こうかと(きびす)返したその時だった。

 テレーゼ・マカイが陽気な声を掛けてきた。

「アイリ! アイリ・ライハラ! こっちへ来てください。姉が戻ってきたのですよ!」

 何で気がつくんだよ、とアイリは強張った表情でゆっくりと振り向くと、2人がベンチから立ち上がった。


 間違いない! テレーザ・マカイだ! 妹とうり二つでキモイぐらいによく似てる。


 少女が庭園に入ってくるとテレーザがぺこりとお辞儀した。ばらばらに切り刻んだことや冥府(めいふ)の一件ですぐに飛びかかってくるのかとアイリは身構えながら近づくとマカイの姉が礼を述べた。

「アイリさん、いつもテレーゼに懇意(こんい)にしていただいてありがとうございます。王妃(おうひ)貴方(あなた)がたがデアチにお越しになった(せつ)に大変ご無礼なことをしまして申し訳ございませんでした」

 そう言ってまたテレーザ・マカイはお辞儀した。

 まるで他人ごとのように言っているのでアイリはテレーゼに尋ねた。

「テレーゼ、姉さん大丈夫なのか?」

「あぁ、十代中ごろからの記憶がないんです。きっと天使様がそうなすったのだと。生前の姉の行いを許してあげてください」

 生前だぁああ!? 死霊なのか!? とアイリはうろたえそうになりぐっと我慢した。あっ! そうだ姉妹揃ってイモルキに遠征に行くのに連れて行ったら心強いぞと少女は(ひらめ)いた。

「テレーゼ、実は少人数でイモルキの王政を倒しに行くんだが2人で来るか?」

 今度はテレーゼが頭下げた。

「ごめんなさいアイリさん。姉にはもう(ソード)に関わることをさせたくないんです。その代わり私がお供して2人分の活躍をします」

 まあ仕方ないかとアイリが落胆するとテレーゼ・マカイが忠告した。

「イモルキには下手(へた)に手を出さない方がいい。噂はよく聞きますが国として兵の動員数だけでな武具防具、攻城兵器、騎馬の数が大陸一と聞きます。眠れる獅子と言われるぐらい戦力のある国なのです」

 少し耳に(はさ)んでいた。

 (いくさ)になると赤子を除いて国民総出で戦争に当たる。子どもまでもが兵士の携行品の生産につくらしい。


 だが大戦をするわけではない。


 少数精鋭で越境し伝令が走るよりもすばやく王政と政権を打倒するのだ。もしかしたら逃げ道を絶たれるかもしれない。帰路のない戦いになるやもしれぬ。玉砕覚悟で行くのだから仕方ない。

 父の名を(かか)げ半旗ひるがえす。

「アイリ、急にどうなさったのですか? 穏健派のあなたがそんな恐ろしいことを口にするなんて」

 穏健派? それは誰のことだ。



 今日から強健派で名を通すんだとアイリ・ライハラは思いつめた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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