第6話 薬餌(やくじ)

文字数 1,611文字


 イルミ・ランタサル王女から順に執事のユリウスが紅茶を入れたカップを載せたソーサーを手渡してまわる。

 カーペットに正座するアイリ・ライハラにも銀器が渡された。

 最後にユリアンッティラ公爵(こうしゃく)へ執事ユリウスが紅茶を渡す間にイルミ王女は紅茶の香りをすんすんと嗅いで口をつけずにソーサーをテーブルに戻した。

 他のもの達が美味しそうに紅茶を頂く合間にユリウスがそれぞれのテーブルにお茶うけの入った深皿が置かれてゆく。

 イルミ王女は眼を細め手を伸ばさない。騎士団長リクハルド・ラハナトスも顔を強ばらせ手を伸ばそうとしなかった。

 真っ先にアイリ・ライハラが手を伸ばしトドの睾丸干しを口にポイと放り込みポリポリ言わせ始めた。

「イルミ、食べてみぃ。こりごりして美味しいよ」

 王女が胡散臭(うさんくさ)そうな顔を向け少女に告げた。

「あんた、後で泣き言を言いだしても耳をかしませんことよ」

 アイリは理解できないとばかりに上を見つめ2個目に手を伸ばしポイと口に放り込んだ。

「イルミ、紅茶も飲んでないじゃん。なんで?」

(わたくし)媚薬(びやく)入りの紅茶は嫌いですの」

「び・や・く?」

 少女がわからないとばかりに尋ねると王女は顔を近づけ(ささや)いた。

「あとで教えてあげます。お前も止めておきなさいアイリ」

 だがアイリはティーカップに口をつけぐぐぅと飲み干すとぷはっと息を吐いてイルミ王女に告げた。

「毒なんて入ってないよ」

 そうじゃない! と王女は眉を寄せイラ・ヤルヴァの養父にキツい眼差しを向け問うた。

「ユリアンッティラ公爵殿、来客に薬餌(やくじ)を振る舞うのはいかがした(たわむ)れか?」

 女暗殺者(アサシン)の父が満面の微笑みを浮かべてみせ応えた。

愛娘(まなむすめ)が心腹の友を連れて来たのは初めて。悪戯心(いたずらごころ)が過ぎました事をお許しあれ」

 イルミ・ランタサルはその言葉に(いつわ)りは感じ取れなかった。だがコイツはどうする!?


 足元でヘラヘラしだしたアイリ・ライハラの頭を王女は小突いた。




「イルミ、どうしよう──眼が()えて落ち着かない」

 ベッドの横に詰め寄ってアイリが王女の寝間着の袖をつかんで(うっ)えた。

「後で泣き言を言いだしても耳をかしませんことよ、と申したでしょう。このお馬鹿」

 冷ややかに言い捨て王女はそっぽを向いた。

「なんでトドの睾丸でこうなるの?」

 イルミはガバッと振り向いて少女を指さした。

「そればかしじゃないでしょう! 夕餉(ゆうげ)(スッポン)牡蛎(かき)、バナナ、南瓜(かぼちゃ)の種、パプリカ、トリュフ────キドニービーンズなど女をその気にさせるあれやこれやをパクパク食べるからです!」

 そう告げた王女に少女は手を合わせ詰め寄った。

「うぅぅぅ、落ち着かないんです!」

「警護はいいから、屋敷を抜けだして20周全力で走ってらっしゃい! 少しは落ち着くから」

 アイリ・ライハラは(うなづ)いて両肩を落とし寝室を出て行った。その後ろ姿を見ていてイルミ王女は少し可哀想に思った。扉が閉じてイルミ王女が一度ため息をついた。



 いきなりガバッと扉が開き王女は驚き枕の方へ後退(あとず)さった。



「20周走ってきたぞ、イルミ! まだ落ち着かない! なんでぇ? イラはあんな物をず──っと食べて育ってあんなに落ち着いてるの?」



「この屋敷で育った──からと、同じようなものを食べさせられたとは限らないでしょう」

 そう答えながらイルミ・ランタサルは少女が出て行って一呼吸しかしてないと気づいた。

 本当に走って来たのかしら!?



 アイリ・ライハラの全身から湯気の様な水蒸気が立ち上っていた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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