第18話 暴食

文字数 1,892文字

 魔女ミルヤミ・キルシの異形(いぎょう)に気がつき襲いかかってきたのか────。

 仁王立ちになって()えながら威嚇(いかく)する馬車(キャリッジ)半分の大きさに迫る緋熊(ひぐま)臓腑(ぞうふ)(かたまり)がゆっくりと進み出てゆく。

 その緩慢な動きに緋熊(ひぐま)退()くそぶりも見せず仁王立ちのまま待ち構えた。

 直後、(けもの)の足元へ数本の照柿色の触手が極太の蚯蚓(みみず)のようにうねりながら伸びて一馬身まで近づくと1つが鎌首を上げて前後に揺れていきなり熊の片足首に飛びついて巻きついた。

 緋熊(ひぐま)()えながら前足を下ろしその触手に激しく噛みついた。

 それらを見ていたヒルダ・ヌルメラは触手を喰い千切ると判断した。

 触手の皮膚が破れ血肉が飛び散った矢先にその緋熊(ひぐま)の首や前足に他の触手が巻きついた。

 大きな熊は今度は前足に絡みつく触手へ喰らいついた。だがその反撃は突如(とつじょ)止み(けもの)は叫び声を上げ始めた。

 咆哮(ほうこう)ではなかった。

 激痛への鳴き声を張り上げる四つ足の首に巻きついた触手が締まり緋熊(ひぐま)の叫び声が完全な悲鳴になった。

 寸秒、それがか細い鳴き声になるといきなり首の触手が毛皮破りその下の肉に食い込み一瞬で首から鼻先近くまで毛皮を()き裂いた。

 そのむき出しになった肉に数本の触手が牙並ぶ口を開き喰らいついた。

 (むさぼ)ろうとする束縛(そくばく)を振り払おうと手負いの(けもの)は激しく暴れだした。

 だがすべての足や胴に両手の指の数の触手が巻きつき熊の動きを封じると四つ足は引き倒された。

 自由奪われた(けもの)の手足から毛皮を引き()がしむき出しになった肉へ数えきれぬ触手が喰らいついた。

 その触手が百以上に膨れ上がると緋熊(ひぐま)は動かなくなり触手が集まる中から大きな毛皮を1本の触手が抜き出すと肉にありついていない触手同士の奪い合いになり細切れに引き裂かれた。



「あ、アイリ殿ぉぉ────ぉ、あ、あれは──マズいっすよ」



 アイリ・ライハラの片腕を強く握りしめる蛮族の総大将の本音だった。

 ピクリとも動かない群青の甲冑(アーマー)身につけた少女が取り()かれたのかとヒルダは強く揺さぶった。

「────────」

 無言のアイリにヒルダは気圧されているのかと少女の横顔へ視線を振り向けた。

「怖いのですか、アイリ殿ぉ?」

 アイリ・ライハラはじっと化け物になったミルヤミ・キルシの成れの果てを凝視し続けている。だがヒルダは少女が下唇を噛み締めていることに気づいた。

 そんなに悔しいのか!? 手が出せずにいることが────。

「熊の肉をあんなに(むさぼ)ってるじゃないすか。手出しは無理でござるよ」

 その問い掛けの直後、倒された(けもの)に集まっていた触手が次々にミルヤミ・キルシの成りの果ての本体に退()き始めた。

 (うたげ)終えた最後の化け物蚯蚓(みみず)がゆっくりと退()くと、そこに残されたのは緋熊(ひぐま)の頭蓋骨だけだった。それも半分も形を止めていない。

「ほ、骨まで(むさぼ)り喰うなんて」

 蛮族の女総大将はアイリの腕を強く引っ張り立ち去ることを(うなが)した。

 直後、小屋よりも大きくなった乱雑な臓腑(ぞうふ)(かたまり)(ごと)きミルヤミ・キルシの本体表面が入り乱れアイリ達の向かい合う汚物の(かたまり)の表面に奥からまた叫び声を上げかかった手で掻きむしる顔が浮かび出てきた。

 その顔から聞いたこともないような(けもの)の叫び声が響き渡りアイリ・ライハラとヒルダ・ヌルメラは気圧されて数歩後退(あとず)さってしまった。寸秒、少女が蛮族の総大将に問うた。



「ヒルダ、こいつが泣き叫んでいるのがわかるか?」



 な、何を言い出すんだとヒルダは顔を強ばらせた。

(おぞ)ましい声は悪魔の叫び声でござるよ」

 ふたたびアイリ・ライハラの横顔を見つめたヒルダは少女が目尻下げ眉根寄せ噛んだ唇を震わせていることに気づき驚いた。

 魔女1人が怪物に成り果てたことがどうして悲しいのだとヒルダは困惑した。

 臓腑(ぞうふ)の化け物はアイリ達の方へ無数の触手をうねらせ近づけた。

「アイリ殿ぉ! 一旦(いったん)退()かないと取り返しのつかないことに!」

 腕力で勝る女総大将は強引にアイリを後退(あとず)さらせた。

 さがった数歩に合わせたように臓腑(ぞうふ)の怪物が一気に進み出てくる。化け物の歩みが遅いとばかりに思っていたヒルダは勘違いしていたことに気づき顔を引き()らせた。

 これはもう走って逃げないと完全にまずいとヒルダは判断した。

「ごめん!」

 そう告げるなりヒルダ・ヌルメラは少女を小脇に抱え込み怪物へ背を向けるなり一気に駆けだした。

 大して走らずその逃げる(たに)の先の闇を照らしだしたアイリ・ライハラの群青の耀(かがや)きに崖から2頭の山羊(パサン)が駆け下りてきて走ってくるヒルダにその親子は顔を振り向けた。

 その山羊(パサン)が戸惑ったように見えた寸秒────。



 崖から数百はある(うごめ)く触手が一気に下がり谷の先を塞いでしまいヒルダ・ヌルメラは驚いて足を止めてしまった。









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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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