第7話 斬り合い

文字数 1,686文字


 (あきれ)れられてイルミ王女が寝息を立て始めるとアイリ・ライハラはいよいよ身を持て余しだした。

 こんな事になるなら珍しいからと色々食べるんじゃなかったと少女は後悔した。

 アイリは寝室にじっとしていられなくなり、仕方なくもう一度屋敷のまわりを駆けて来ようと廊下へ歩き出た。


 静かだと思いながら玄関へ歩いていると金属のぶつかるリズミカルな音が(かす)かに聞こえた。


 どのみち落ち着かないんで(のぞ)きに行こうと少女は決めると音の方へ廊下をすたすた歩きだした。

 その大扉に近づくと音がもっとはっきりと聞こえアイリは顔をしかめた。甲高い音が(やいば)ぶつかるものに思えドキドキし始めた。扉1枚の先だと思っても確かめるのを躊躇(ちゅうちょ)する。

 (のぞ)くのは悪いかな?

 でも屋敷の人が忍び込んだ盗賊にでも──と少女は思った。

 扉の前を十数回うろうろして取っ手に指をかけそっとレバーを回した。

 (わず)かに開いた隙間から(あふ)れた音は紛れもない合戦(かっせん)の響き。



 肩と篭手(こて)に革の防具を着けた軽装のイラ・ヤルヴァが両手に短剣を持ち、防具を着けない軽装の執事──ユリウスが(ソード)を振り回し斬り合いを演じていた。


「まだでございますかイラお嬢様!」

 そう声をかけ大柄な引き締まった身体を回転させユリウスが(ソード)を打ちだす。

 それを女暗殺者(アサシン)が髪の残像を波打たせ鼻先で(かわ)し踏み込み執事へ両腕で斬り込む。

「ああ、まだですユリウス! あの方(・・・)の素早さはこんなものではないです!」


 アイリは触れたら本当に怪我を負う(つば)競り合いに『あの方』とは誰だろうと思った。


 (ソード)を短刀の様に振り回す執事は力強くステップを切り凄まじく身体を動かすイラ・ヤルヴァを追い詰める。それを女暗殺者(アサシン)は巧みに(かわ)し攻め返していた。

(わたくし)には信じられません。あの様な(ほう)けた小娘がお嬢様よりも腕が立つなどとは!」


 アイリは『あの方』って自分の事かと思い、『(ほう)けた』とはなんだと眉間に(しわ)を寄せ唇をへの字に曲げた。


「たとえ30人のあなたと同時に斬り合っても、アイリ・ライハラ1人の速さに及びません!」

 そう言いながらイラは4度も斬り込み、その二振りの(やいば)をユリウスは(ソード)諸刃(ブレイド)とガードと末端のポメルで打ち()らし手首1つで持つ武器を回転させ容赦なくイラに斬りつける。


 イラの言葉に(のぞ)き見る少女はそれほどでもと苦笑いした。


「それがお嬢様のこの様な速さの理由でございますか!」

「そうです! あの方を師匠とお慕いし修練を受けさせて頂く私が成長しているのです!」

 イラが執事の斬り込む(やいば)に己の右手の短剣を滑らせ火花を飛ばし左手のブレイドで斬りつけた。


 その瞬間、熱中し見ていたアイリ・ライハラは扉に寄りかかり過ぎて押し開き中へ倒れ込んだ。


 視線を()らした執事ユリウスの左(ほお)をイラ・ヤルヴァの刃口(きっさき)(かす)り細く短く赤い筋が走った。

「すまぬ、ユリウス!」

 即座にイラが謝罪し出入り口へ振り向き声を上げた。

「御師匠! 何をなさっているのですか!?」

 アイリ・ライハラは両腕を立て上半身を起こし笑顔を返した。

「水をさしてごめんなさい。物盗りと誰かが争っているのかと──」

 そう言いながら立ち上がり少女は頭をポリポリと掻いた。


「丁度よろしゅう御座います、アイリ・ライハラ殿────」

 えっ!? ────何が!? と執事に切りだされアイリは逃げ腰になった。



「アマゾネス1とも呼ばれましたこの婆やのお相手をお願いいたします」


 そう宣言し胸を張った執事ユリウスの盛り上がった胸筋の上の乳房の理由をアイリ・ライハラはやっと理解した。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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