第19話 色彩
文字数 1,782文字
昼下がり、集落のものが分け与えてくれる数尾の魚を焼いていると表から名を呼ばれトンミは網を囲炉裏 から上げた。
「トンミさんのお宅ですか?」
お宅!? 集落のものでないと初老の男は粗末な部屋で振り向いた。
よその者 だぁ!
トンミは囲炉裏 の傍 で立ち上がり銀盤の魔女が来たのかと逃げ場を求めて部屋を見まわした。
派手なものは遠ざけていたのにあの人殺しが戻ってきた!
男がおろおろしてると、出入り口の戸を僅 かにずらし見かけぬ顔が覗 き込んでいるのが見えた。
一瞬、あの白銀の魔女かとトンミは思ったが陽の明かりに照らされた顔がまごうことなき肌色に見え彼は眼を凝 らした。
「トンミさん、旅のものです。少しお話をおうかがいします」
「な、なんだぁ、おまえはぁ────?」
「イルミと申します」
彼はとても丁寧な話し言葉を初めて耳にして聞き間違いではないのかと眼を白黒させた。
部屋に入れると5人もいやがった。
その内4人が女で、彼を怯 えさせたのは背の異様に高い女と唇を紫に塗った眼つきの鋭い女だったが、それよりも麻布を下ろした小娘と若い男の髪色が晴れた海原のような青色に見えることだった。
客が来ることなど殆 どなく、来ても集落のもので古くからの顔なじみぐらいだった。
囲炉裏 を取り囲み座り込んだ客人 の内、大柄な女が顔をしかめやたらと部屋を見回すのが彼を戸惑わせた。
「話って、なんだぁ?」
彼の正面に座る顔のと綺麗な女が1度微笑んでトンミに持ちかけた。
「私 達は、旅すがら各地の古い話を聞いて回っています」
古い話? 集落で3番目の古株だったが取り立てて話すようなものはないと彼は思った。陽が上り起きだして小さいころは家の手伝いをし青年のころからは夕暮れまで漁をして灯す油を節約するために夜は早く寝てしまう生活に、なんの代わり映えもなく、何を話せと彼は胡乱 とした表情で逆に問うた。
「話すことなんてねぇだぁ。漁師の生き方に特別なものはねぇだよ」
「いえ、漁師生活のことでしたらよく存じています。お聞きしたいのは────ショッキングな出来事。集落を襲った悲劇のお話です」
話しの成り行きにトンミは左瞼 を引き攣 らせた。
思いだしたのは自分をのぞいてあの夜──集落の皆 が殺されたひどい経験。
彼は生唾 を呑み込みとぼけた。
「なんのことだぁ? 辛いことならここの生活が貧しいことぐらいだぁ」
「いえ、あなたが集落の人達が惨殺 された時の唯一の生き残りだとよそで聞いてこの島までお訪 ねしています。はっきりと申しますなら────」
「────銀盤の魔女のことをお聞きします」
名を聞いてトンミは俯 いてしまった。
見つめる太腿 に乗せた手が震えてきた。
60年を越したか越さぬかもう定かではなかったが、あれは悪夢だった。
夜遅く集落にあらわれた銀眼白髪の女は漁民家族を殺し廻った。眼の前のこの顔立ち整った女はそのことを言ってるのだと彼は混乱した。
「教えて下さい。私 達はあの銀盤の魔女に目をつけられています。貴男 があの女からどうやって生き残れたのかそれを教えていただきたい」
言い終わり口元で微笑んで見せた女のエメラルドグリーンの瞳が半眼でトンミを見据えていた。この女、なんなんだ!? 人に命令し慣 れている。
彼は困惑しながらぼそぼそと話し始めた。
「あいつは────目立つ色の────目立つものを────」
「────────渡り歩く」
イルミ・ランタサルの面もちが一気にきついものに豹変した。
「目立つ色と目立つものは違います。どちらですか!?」
トンミが頭 振って震える声で説明した。
「わからない──わからないんだぁ────あいつは雪の上にたまった血溜まりを渡り歩き────部屋に目立つものを置いてある家からぁ────────殺して廻ったんだぁ!」
血溜まりを歩くと、目立つものを置いた家とは別な話だとイルミは思った。
では、最初の質問に回帰する。
「貴男 はどうやって魔女から生き残れたのですか?」
「まるまる2日──こえだめに────隠れてたんだぁ」
こえだめ!? 一瞬、イルミは意味をつかみかねた。
肥溜 めだわ!
思いだした王妃 は様が泥沼みたいだと想像しトンミの部屋を見回して色合いが肥溜 めのようだと気がついた。
目立つ色のものがまったく置いてなく混沌 と沈んでいた。
イルミ・ランタサルは魔女が出入りするのが色だと気づいた。
「トンミさんのお宅ですか?」
お宅!? 集落のものでないと初老の男は粗末な部屋で振り向いた。
よその
トンミは
派手なものは遠ざけていたのにあの人殺しが戻ってきた!
男がおろおろしてると、出入り口の戸を
一瞬、あの白銀の魔女かとトンミは思ったが陽の明かりに照らされた顔がまごうことなき肌色に見え彼は眼を
「トンミさん、旅のものです。少しお話をおうかがいします」
「な、なんだぁ、おまえはぁ────?」
「イルミと申します」
彼はとても丁寧な話し言葉を初めて耳にして聞き間違いではないのかと眼を白黒させた。
部屋に入れると5人もいやがった。
その内4人が女で、彼を
客が来ることなど
「話って、なんだぁ?」
彼の正面に座る顔のと綺麗な女が1度微笑んでトンミに持ちかけた。
「
古い話? 集落で3番目の古株だったが取り立てて話すようなものはないと彼は思った。陽が上り起きだして小さいころは家の手伝いをし青年のころからは夕暮れまで漁をして灯す油を節約するために夜は早く寝てしまう生活に、なんの代わり映えもなく、何を話せと彼は
「話すことなんてねぇだぁ。漁師の生き方に特別なものはねぇだよ」
「いえ、漁師生活のことでしたらよく存じています。お聞きしたいのは────ショッキングな出来事。集落を襲った悲劇のお話です」
話しの成り行きにトンミは
思いだしたのは自分をのぞいてあの夜──集落の
彼は
「なんのことだぁ? 辛いことならここの生活が貧しいことぐらいだぁ」
「いえ、あなたが集落の人達が
「────銀盤の魔女のことをお聞きします」
名を聞いてトンミは
見つめる
60年を越したか越さぬかもう定かではなかったが、あれは悪夢だった。
夜遅く集落にあらわれた銀眼白髪の女は漁民家族を殺し廻った。眼の前のこの顔立ち整った女はそのことを言ってるのだと彼は混乱した。
「教えて下さい。
言い終わり口元で微笑んで見せた女のエメラルドグリーンの瞳が半眼でトンミを見据えていた。この女、なんなんだ!? 人に命令し
彼は困惑しながらぼそぼそと話し始めた。
「あいつは────目立つ色の────目立つものを────」
「────────渡り歩く」
イルミ・ランタサルの面もちが一気にきついものに豹変した。
「目立つ色と目立つものは違います。どちらですか!?」
トンミが
「わからない──わからないんだぁ────あいつは雪の上にたまった血溜まりを渡り歩き────部屋に目立つものを置いてある家からぁ────────殺して廻ったんだぁ!」
血溜まりを歩くと、目立つものを置いた家とは別な話だとイルミは思った。
では、最初の質問に回帰する。
「
「まるまる2日──こえだめに────隠れてたんだぁ」
こえだめ!? 一瞬、イルミは意味をつかみかねた。
思いだした
目立つ色のものがまったく置いてなく
イルミ・ランタサルは魔女が出入りするのが色だと気づいた。