第12話 思ってません!

文字数 1,837文字


 魔物飛び越えた屋根を見上げるアイリ・ライハラに元異端審問官ヘッレヴィ・キュトラが(たず)ねた。

「どうしましょう?」

 ゆっくりとアイリが顔を振り向けると(うら)めしそうな視線が役人落ちを(にら)み彼女は腕を振り上げ後退(あとず)さると少女が口を開いた。

「どうしましょう、だぁ!? 追いかけるに決まってんじゃん。あんなのを放置したらこの街で死体の山ができるぞ」

「よし! それでこそ剣竜騎士団長! 行けぇ!」

 屋根落ちが威勢良く腕を振り上げ通りの先の十字路を指さしアイリは唇をひん曲げた。

「なんだ!? どうした!? 行かないのか!? (たみ)を見捨てるのか!?」

 少女は元異端審問官へすたすたと歩み寄り振り上げている腕の手首をつかんだ。

「なっ!? なにをするのだぁあ!?」


「あんたも追いかけるんだよ」


 ヘッレヴィは唇を引き結び手首つかむアイリの手のひらに指を乗せ引き()がそうとし始めた。

 力込めても一向に少女のつかむ指が手首から離れず、役人落ちは腕を震わせ顳顬(こめかみ)に青筋を立てた。

(われ)が──ぬぬぬぬ────行っても──ひいいいぃ────」

 いきなりアイリはヘッレヴィ・キュトラを引き()り通りを歩き始めた。

「あんたも行くんだよ!」

「待て、まて、まて! 貴君、勘違いするな! (われ)が行ってもあんなのを倒せない────のょおおおおっ」

 アイリ・ライハラは(わめ)き続ける屋根落ちを引き()りながら十字路を曲がり魔物が消えた裏路地へ入り込んだ。

「見ろぉ────危険なので──猫すらついて来ないではないかぁあああ!」

 引き()りのしのし歩くアイリの背に役人落ちが抗議すると少女がぼそりと(つぶや)いた。


「あっ木天蓼(またたび)が落ちてる」


 たたたたた、と小さな足音が重なり引き()られるヘッレヴィ・キュトラが顔を強張らせると、松明(たいまつ)の灯りのある大通りから何十匹という野良達がだだ走りで現れ暗がりを爛々(らんらん)の眼が迫った。

 畜生に踏みしだかれ駆け上られ爪を食い込まされた元異端審問官は痛さに(わめ)いた。


「痛ぁ痛ぁ痛い──貴君は(われ)に恨みでも────痛たたたたたぁ──このぉ猫使いぃぃ」


 数匹の四つ足に顔を駆け上がられ役人落ちが黙ると少女が言い捨てた。

「あぁ? 誰のせいで魔物が逃げ出したんだよぉ?」

(わたくし)のせぇです──からぁ──痛い痛いからこの猫らをなんとかしてぇ────」

 顔を振って猫を弾き飛ばしたヘッレヴィの頼みに少女は声を張り上げた。

「お前達、さっきの魔物探しておいで! 見つけた奴に大きな木天蓼(またたび)をあげる!」

「にゃあああぁ!」

 野良達が一斉に応え散りぢり駆け出し元異端審問官は眼が点になった。

 アイリは、畜生を自在に操ってるではないか。『木天蓼(またたび)』という呪詛(じゅそ)を使い思うがままに。

「────なぁんて考えてんだろぉ」

「いえ! 考えてません」

 きっぱりと言い切った女の手首が放され地面に後頭部をぶつけたヘッレヴィ・キュトラが(わめ)いた。

「痛ぁ! いきなり手を離すなぁ」

 立ち上がった役人落ちへアイリがポイと何かを放りよこし、ヘッレヴィは眼の前で動くものに反射的に跳びついた。

 両手に握りしめたものが月明かりにきらりと輝きヘッレヴィはぎょっとなった。

「たっ! 短剣じゃないかぁ! 暗がりで危ないものを放りよこすなぁ」

「次は自分の身は自分で護れよ」

 立ち止まり少女がそう告げると家の合間から猫が1匹駆けだして来てアイリの足元にまとわりつきにゃあにゃあ鳴いた。

「そうか、こっちか。案外近かったな」

 なっ!? 猫の言ってることがわかるのかぁ!?

「────とか思ってるよなぁ?」

「いえ! 考えてません」

 アイリに問われすぐに役人落ちはきっぱりと言い切った。

 ヘッレヴィ・キュトラは自自身が握りしめた短剣が暗殺者(アサシン)らのものだったのを思いだした。なら少女も似たようなものを持ってるだけで武器になるものが他にない。

 こんなものであの牛よりどでかい魔物を倒すのか?

 元異端審問官が眼を(およ)がせていると、少女が家の合間の狭い場所に入って行き、彼女に声をかけた。

「早く来いよ。魔物は1人でいる奴を襲うんだぞ」

 冷や汗を浮かべ(あわ)てて少女を追いかけたヘッレヴィ・キュトラは両側の家の壁角に肩がぶつかりひっくり返りそうになった。

「馬鹿かぁお前ぇ」

 そんなことはない! と身体を斜めにして勢い込んで家の合間に入り込んだ元異端審問官は落ちている板を踏みつけ勢いよく跳ね上がった板が顔面に命中し声を荒げた。


「痛ぁあああっ! このぉ! (われ)に喧嘩売るのか板の分際でぇ!」



 先を行く少女は振り返りこいつ使えねぇと顔をしかめた。





ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み