第29話 思うところ
文字数 3,322文字
城壁に護られた街にイルミ・ランタサルは出て自由気ままに歩き回る。
1人警護について近衛兵や騎士達の今までの護衛仕事が大変だっただろうとアイリ・ライハラは思った。自分が15歳だから荷が勝ちすぎるというのではない。
彼女の護衛につく大人の もの達の眼から見ると王女は我がまま言い放題の困った主君にしか思えないだろうから。
イルミ王女はデアチ国の元老院の長 ──サロモン・ラリ・サルコマーに献上するものを選び、彼女を狙い殺そうとしたサルコマーとの交渉をスムーズにしようと考えているのだろうとアイリは考える。
侍女 の着るメイド服姿の彼女はくるんくるんの髪を揺らし衣料品の店で滑 らかで肌触りの良さそうな美しい布地を比べ買い、陶器の店で滑らかな変わった造形の陶磁の壺 数点を購入する。貴金属の店に入り決して高いばかりでない宝石や細工ものをディルシアクト城に届けるよう頼み、魚 屋の店先に立ち止まった。
「いらっしゃいませ!」
食料品の店はかけ声の活きが良い。王女の後ろに離れ立ち店の外でアイリは少し驚きまわりを見回した。
「ご主人! 探し物があります。肉の燻製 の様な魚のそれはあるかしら?」
店の前で聞こえている王女の注文を耳にしてアイリは長旅で傷まない保存食を選びに寄ったのだと思った。
「ありまっせ。君主様の食卓に出せる匂いのきつくない飛切り美味しいものが」
イルミ王女の服装だけを見て店主が城の侍女 だと思ったなとアイリは気づいた。
「いいえ、味はどうでもよいの。匂いがきついものを。それも飛切り鼻の曲がりそうになる様なものを」
おいおい大丈夫なの、そんなものを献上品に選び!? 元老院の長 ならサルコマーは歳をとってるので味覚にはうるさいだろうけれど、鼻は鈍くなっててもまずいだろう。そうイルミ王女の注文にアイリは瞳を丸くした。
「いやぁ、ツウですな。匂いがきついと味も各段に良くなります。キッパーなどいかがでしょう?」
「キッパー、鰊 ね。飛切り臭いと自信があるならものを見せて」
店主が店の奥に下がり、薄い木箱に入ったそれを手に売り場に戻ってきた。その強烈な匂いに店先にいたアイリは思わず顔をそらして鼻を手でふさぎ咳き込みそうになった。強すぎる! これはムリだ! こんなもの食卓に出されたら3日の絶食後でも絶対に食欲が失せる! 少女は鼻をつまみイルミ王女へ顔を戻した。
イルミ王女は腰に両手をあて、顔を横に向けすんすんと匂いを確かめていた。
店先まで出てくると振り向きまたすんすんと匂いを嗅ぐ。そうしてやおら店主に命じた。
「もっときついものを!」
それを聞いてアイリは顔を強ばらせた。
「お客さん、あるにはあるけれど、食べるのがムリですよ」
「かまわない! 鼻が腐り落ちる様なものを」
そんなもの買ってどうするんだぁ!? サルコマーは卒倒するぞ! アイリはすました顔のイルミ王女を唖然となり見つめた。
店主が奥から持ってきた蓋 付きの壺 を見た瞬間、アイリは目眩がして長剣 の鞘 を地面に突き身体を支えてしまった。
まだ蓋 を開いていないのに、何だこの匂い!! 臭いの通り越して邪悪だぞ!! 頼む蓋 を開かないで!! そう意識の中で訴えかけながら、アイリは店先から馬3頭ぶんも後ずさった。
店主が壺 から顔を逸 らし伸ばした腕先で蓋 を僅 かに開いた。
その瞬間、イルミ王女は横へふらつき王家の意地で脚をタンと踏みだして堪えた。
店から家一軒も離れたアイリは背中を向けて身体を折ると眼をひんむいて苦しみ周囲の店がざわつき始めた事に気がついた。
すげぇ!!魔除 けの結界みたいだ!!
これを財宝の真ん中に置くだけでどんな盗賊も近寄れねぇ!!
困惑する少女のずっと先でイルミ王女がとんでもない事を言い放った。
「いいでしょう! これにします。これを酒樽 1つ分、大至急──そうですね3日以内に城のイルミ・ランタサル宛てに届けて頂戴!」
「ムリだぁ! そんただ事したら、あっしが王女様に殺されちまいます!」
「問題ありません! 期日に上納すれば王女は気に入り売値の3倍払う事に同意します」
そう命じ王女はいきなり店を出ると、足早にそこを離れだした。そうしてアイリに声をかけた。
「アイリ、いらっしゃいな! 朝ご飯まだでしたよね!私 もまだでしたので、一緒に食事にしましょう」
少女は駆け足で追いつき思わず尋ねた。
「イルミ、あんた朝ご飯食べずにいたのか? あっ! まさか──」
「そうですよ! あんなもの嗅いだら吐き戻すでしょう!」
言い切った王女が鼻から意図的だと知り少女は混乱した。あんなもの献上品で持って行ったら物凄い顰蹙 かうぞ! だがもしかしたら──アイリ・ライハラはふと気づいた。イルミ・ランタサルは直談判しに行くのでない。
喧嘩を売りに行くのだ!
少女はメイド服から燻製鰊 の匂いがプンプンさせるイルミ王女に付き従い食事を提供する店に入ると「入って来るな! 出ていけ!」 と店の主 に怒鳴られた。
店2軒から断られ、イルミ王女は仕方なく屋台で溶き卵を焼いた薄皮に炒めた野菜と肉を巻き揚げた食べ物と安ワインを買い求めると屋台横の長椅子に腰を下ろしアイリと食事にした。
「イルミ、あんたサルコマーにその場で首を落とされるぞ」
食べながらそう少女が警告した。
「問題ないわ。そのためにあなたを連れて行くのだから」
王女がそう言い切り、美味しそうにその包み揚げを口にした。
「いいや、俺行かないって言ったよな。言ったよな! 向こうの騎士や兵ら多数と乱闘になるのはゴメンだからな」
「あら、そう? でもあなた──アイリ・ライハラ──」
王女が言葉を切ったので少女が横目で見つめると王女が包み揚げを咥 えたまま恨 めしそうな面もちで見返していた。
「ふがふがふがふが」
「口に食い物入れたまま言うなよ。わからん」
アイリがそっぽを向くと2人は声をかけられた。
「ねえねえ、お姉ちゃん達お城の人?」
イルミ王女とアイリが振り向くと長椅子の後ろに幼い女の子が立っていた。
「ええ、そうですよ。侍女 と付き人です。お嬢さんは屋台の子?」
イルミ王女が慌てて食べ物を飲み込み微笑みながらそう答えるのを耳にしてアイリは誰が付き人だぁ嘘くせぇと思った。
「うん。お父様がここで商 いしてるのを手伝っているの。王様と王女様にお伝えして」
「あら、何かしら?」
「どうか戦 がありませんようにお願いします」
「まあ、怖いのね。わかります」
「ううん、そうじゃないの。戦 があるとお父様が行かなくてはならないから。お父様は1人なの。死んじゃったらお父様がいなくなるの」
食べながら聞いていたアイリは幼女の言葉に手を止めた。王女がどう答えるのか興味深く感じた。
いきなりイルミ・ランタサルが幼女を片手で抱き寄せた。
「お聞きなさい。国がなければ人々は野原や森で獣 に怯 え生きなくてはならない。でも国があると獣 には怯えなくていいけれど、他の国が手を出してきます。土地を寄越せ、財宝を寄越せ、民 を寄越せと襲ってきます。王家の務めとして国を護るのは民 のためなのよ。戦 は民 を護るため。あなたの──」
「お父上を死なせたりはしない」
アイリ・ライハラは包み揚げの皿を見つめ思った。1歳しか違わないイルミ・ランタサルが薄氷の上を歩んでいると。
1人警護について近衛兵や騎士達の今までの護衛仕事が大変だっただろうとアイリ・ライハラは思った。自分が15歳だから荷が勝ちすぎるというのではない。
彼女の護衛につく
イルミ王女はデアチ国の元老院の
「いらっしゃいませ!」
食料品の店はかけ声の活きが良い。王女の後ろに離れ立ち店の外でアイリは少し驚きまわりを見回した。
「ご主人! 探し物があります。肉の
店の前で聞こえている王女の注文を耳にしてアイリは長旅で傷まない保存食を選びに寄ったのだと思った。
「ありまっせ。君主様の食卓に出せる匂いのきつくない飛切り美味しいものが」
イルミ王女の服装だけを見て店主が城の
「いいえ、味はどうでもよいの。匂いがきついものを。それも飛切り鼻の曲がりそうになる様なものを」
おいおい大丈夫なの、そんなものを献上品に選び!? 元老院の
「いやぁ、ツウですな。匂いがきついと味も各段に良くなります。キッパーなどいかがでしょう?」
「キッパー、
店主が店の奥に下がり、薄い木箱に入ったそれを手に売り場に戻ってきた。その強烈な匂いに店先にいたアイリは思わず顔をそらして鼻を手でふさぎ咳き込みそうになった。強すぎる! これはムリだ! こんなもの食卓に出されたら3日の絶食後でも絶対に食欲が失せる! 少女は鼻をつまみイルミ王女へ顔を戻した。
イルミ王女は腰に両手をあて、顔を横に向けすんすんと匂いを確かめていた。
店先まで出てくると振り向きまたすんすんと匂いを嗅ぐ。そうしてやおら店主に命じた。
「もっときついものを!」
それを聞いてアイリは顔を強ばらせた。
「お客さん、あるにはあるけれど、食べるのがムリですよ」
「かまわない! 鼻が腐り落ちる様なものを」
そんなもの買ってどうするんだぁ!? サルコマーは卒倒するぞ! アイリはすました顔のイルミ王女を唖然となり見つめた。
店主が奥から持ってきた
まだ
店主が
その瞬間、イルミ王女は横へふらつき王家の意地で脚をタンと踏みだして堪えた。
店から家一軒も離れたアイリは背中を向けて身体を折ると眼をひんむいて苦しみ周囲の店がざわつき始めた事に気がついた。
すげぇ!!
これを財宝の真ん中に置くだけでどんな盗賊も近寄れねぇ!!
困惑する少女のずっと先でイルミ王女がとんでもない事を言い放った。
「いいでしょう! これにします。これを
「ムリだぁ! そんただ事したら、あっしが王女様に殺されちまいます!」
「問題ありません! 期日に上納すれば王女は気に入り売値の3倍払う事に同意します」
そう命じ王女はいきなり店を出ると、足早にそこを離れだした。そうしてアイリに声をかけた。
「アイリ、いらっしゃいな! 朝ご飯まだでしたよね!
少女は駆け足で追いつき思わず尋ねた。
「イルミ、あんた朝ご飯食べずにいたのか? あっ! まさか──」
「そうですよ! あんなもの嗅いだら吐き戻すでしょう!」
言い切った王女が鼻から意図的だと知り少女は混乱した。あんなもの献上品で持って行ったら物凄い
喧嘩を売りに行くのだ!
少女はメイド服から
店2軒から断られ、イルミ王女は仕方なく屋台で溶き卵を焼いた薄皮に炒めた野菜と肉を巻き揚げた食べ物と安ワインを買い求めると屋台横の長椅子に腰を下ろしアイリと食事にした。
「イルミ、あんたサルコマーにその場で首を落とされるぞ」
食べながらそう少女が警告した。
「問題ないわ。そのためにあなたを連れて行くのだから」
王女がそう言い切り、美味しそうにその包み揚げを口にした。
「いいや、俺行かないって言ったよな。言ったよな! 向こうの騎士や兵ら多数と乱闘になるのはゴメンだからな」
「あら、そう? でもあなた──アイリ・ライハラ──」
王女が言葉を切ったので少女が横目で見つめると王女が包み揚げを
「ふがふがふがふが」
「口に食い物入れたまま言うなよ。わからん」
アイリがそっぽを向くと2人は声をかけられた。
「ねえねえ、お姉ちゃん達お城の人?」
イルミ王女とアイリが振り向くと長椅子の後ろに幼い女の子が立っていた。
「ええ、そうですよ。
イルミ王女が慌てて食べ物を飲み込み微笑みながらそう答えるのを耳にしてアイリは誰が付き人だぁ嘘くせぇと思った。
「うん。お父様がここで
「あら、何かしら?」
「どうか
「まあ、怖いのね。わかります」
「ううん、そうじゃないの。
食べながら聞いていたアイリは幼女の言葉に手を止めた。王女がどう答えるのか興味深く感じた。
いきなりイルミ・ランタサルが幼女を片手で抱き寄せた。
「お聞きなさい。国がなければ人々は野原や森で
「お父上を死なせたりはしない」
アイリ・ライハラは包み揚げの皿を見つめ思った。1歳しか違わないイルミ・ランタサルが薄氷の上を歩んでいると。