第1話 巷説(こうせつ)

文字数 1,853文字

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 帰路の馬車(キャリッジ)の中でアイリ・ライハラが打ち明けた言葉にイルミ・ランタサルは眼に見えて青ざめた。

 その反応に、姉かどうかは知らぬが裏の魔女ミルヤミ・キルシに繋がりのある名を王妃(おうひ)は知ってるのだとアイリは困惑した。

 極北東の氷床(ひょうしょう)の地に住む少数民族のイウネ族をイルミ・ランタサルは思い起こしていた。

 その伝承に氷の髪と瞳を持つ銀盤の魔女の話を十数年ぶりに思いだした。

「知ってるのかイルミ!?」

 向かいの席に()と並び座る青髪の少女が腰を浮かす勢いで(たず)ねた。

「言い伝えでしかないことなので確かとは言いかねます。ミルヤミ・キルシの裏の魔女という俗名がどういう意味合いかをアイリは考えたことがありまして?」

 イルミに問われアイリは眉根しかめて(わず)かに考え、王妃(おうひ)に伝えた。

「どこの家の裏にも出没するからか? それとも悪事の裏に必ず顔を出すからとか────」

 耳にしたイルミは瞳下げ小さく微笑んだ。

「あれにはそう歳の離れぬ姉がおり、裏に対して(おもて)──そのものでなく凍りついた海の表面(・・)を意味する銀盤の魔女が存在するという(うわさ)があります」

 そんなことをくるんくるんは今まで1度も口にしなかったとアイリは王妃(おうひ)(にら)んだ。

「ミルヤミ・キルシがあらゆる悪事で(おのれ)を誇示するのに対し、どのような邪悪なことでも証拠を残さず、目撃者をすべて(ほふ)り去るという狡猾(こうかつ)な魔女だと云われています」

「そんな奴をどうして放置してるんだ!? ミルヤミ・キルシなんかより真っ先に討伐(とうばつ)すべきだろ!」

 アイリは王妃(おうひ)に食ってかかった。

「アイリ──500年も前から伝わる寓話(ぐうわ)なんですよ。ミルヤミ・キルシに(おそ)れなした(たみ)草が考えだした不確かな伝承なのです」

 その不確かなことを天上人(てんじょうびと)のノッチはいると断言したのだ。

 死ぬために生きているというとんでもない魔女。

 青竜の言い回しに自暴自棄なことで人々に害をなす魔女の姿がアイリには朧気(おぼろげ)に見えたが先入観にとらわれ見誤るのではと不安になった。

「アイリ──(うわさ)は都合よく形創られます。始末悪いことにその銀盤の魔女には(ソード)の攻撃がまったく効かないのです。幾人かの冒険者達が伝承を確認しようとして命を落としてますが、攻撃を受けつけないという手記が残されていたと聞きます」

「な、なんでだよ!? いるのなら神にだって(ブレード)打ち込んでみせる! サタンを捕まえたのは俺だぞ!」

 それが高慢な思いではないとイルミ・ランタサルは十分に知っていたが、(かぶり)振った。


「銀盤の魔女はサタン以上に狡猾(こうかつ)であの堕天使よりも強いと言い伝えで示されています」


 お前の方が格下だと言われているようだとアイリは感じた。確かにサタンを捕まえるのにヘルカ・ホスティラがいなければできなかったと一瞬少女は謙虚に思いだした。

 あの頑丈な女騎士とテレーゼ・マカイを連れてその銀盤の魔女をしらべに行く。

 サタンより強かろうが、3強でことに当たれば問題はなさそうな気がした。

 だがその手の話にすぐに飛びつくくるんくるんがいつになく及び腰なことにアイリは気づいた。

 ふと少女は思い当たった。

 魔女ミルヤミ・キルシに散々苦しまされたことをイルミに大げさに話してしまったのだ。

「いや、やめとこ────そんな民話に振り回されていたら切りがねぇ」

 アイリが作り笑顔で言うと王妃(おうひ)イルミ・ランタサルが上目遣(うわめづか)いで群青の髪を夫婦して持つ少女を見つめた。


 こいつ、また心を見抜くような目つきでいやがると、アイリ・ライハラは鼻筋に(しわ)を刻んだ。





 凍らせた12本の骨を鏡台にばら()く。

 それぞれの向き、重なり具合、骨の裏表側面が重要な意味合いを持つ。

 ばらばらに散ったその中央で偶然にも2つの骨が支え合い立った。

 良い暗示ではなかった。

 支え合った片方が倒れもう片側も引き()られ倒れる。

 それに主たる骨が真下よりやや右手を向いている。

 その暗示の意味を数多(あまた)考え、右手握る24等分する色盤を回し銀色の半眼で静かに見つめた。

 避けることは(かな)わず運命の(ごと)く関わってくる青は追い詰めてくる。

 582年──伊達(だて)に生きてきたわけではない。



「恐怖を叩き込んであげよう────────」



 顔を振り上げ口元だけを吊り上げた女は伝承の存在だった。

 呼び名は無尽(むじん)(ごと)くあれど()み嫌われるその名を好んでいた。

 氷床(ひょうしょう)の表面のような冷ややかな瞳と髪をもつ(ゆえ)いつの頃からかつけられた呼び名。

   ルースクース・パイトニサム
            ────銀眼(ぎんがん)の魔女。



 (われ)はここにいて、どこにでもいる。








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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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